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笑わないでいて#After Story【超短編】 −朝日 湊−初めての恋人デート

After Story 初めての恋人デート


恋人になってから初めての週末、湊は朝から落ち着きがなかった。

《今日、何着ていけばいい?》
そんなLINEが来たのは、待ち合わせの三時間前。

《好きな服でいい》
そう返すと、すぐに既読がついた。

《それが一番困る》
少し笑った。

いつも余裕そうに見えるくせに、こういうところは不器用だ。
待ち合わせ場所に現れた湊は、見慣れているはずなのに、少し息が止まった。


「……変?」
湊が聞く。

「変じゃない」

「じゃあ、どう?」

「似合ってる」

湊は一瞬だけ目を逸らした。

「そういうの、ちゃんと言うんだ」

「聞いたのそっち」

「うん」
湊は少しだけ笑った。

その笑顔が、もう恋人の距離にあるのが嬉しい。
それがまだ、少し慣れない。

映画を見て、喫茶店に入って、楽器屋を覗いた。
湊はピアノの楽譜の棚の前で足を止める。
俺はヴァイオリンの弦を見ていた。

同じ音楽の中にいることが嬉しい。

夕方、海沿いの道を歩いた。
前に来た海とは違う場所。
人通りは少なく、空は淡いオレンジ色に染まっていた。

湊の指が、俺の手に触れる。
少しだけ迷うように、触れて、離れかける。

俺はその指を捕まえた。


「手、繋ぐのまだ緊張する?」

「する」

「恋人なのに?」

「恋人だから」

湊はそう言って、少し笑った。

「好きな人と手を繋いで歩くのって、こんなに怖くて、こんなに嬉しいんだね」

その言葉に、胸が詰まる。
湊はずっと、欲しいものを欲しいと言わないで生きてきた。
だから、手を繋ぐだけで、こんなに慎重になる。

俺は湊の手を少しだけ強く握った。

「慣れればいい」

「慣れる?」

「何回でも繋げば」

湊は目を伏せて笑った。



夜、部屋に戻ると、湊は少しだけ静かになった。
前の夜のような怖さはない。
触れたい気持ちが消えているわけではない。
むしろ、恋人になったことで、触れる意味が増えていた。

湊はベッドの端に座り、俺を見上げた。

「何て言えばいい?」
少し考えてから、俺は答えた。

「したいなら、したいって言えばいい」
湊の目が揺れる。

湊は小さく息を吸った。
「……触れてほしい」

その言葉だけで、十分だった。
俺は湊に近づいて、ゆっくり抱きしめた。

湊が怖くならないように。
湊が、自分の言葉で欲しいと言えるように。



朝方、目を覚ますと、湊は長い睫毛を伏せて、静かに眠っている。
手を伸ばすと、湊が眠ったまま指を絡めてきた。

その無意識の仕草に、胸が温かくなる。
この先も、きっと湊は何度も怖くなる。
失うことを恐れて、逃げたくなる。

でも、そのたびに手を伸ばせばいい。
離れないと、何度でも伝えればいい。

そう思いながら、俺は湊の手を握り返し目を瞑った。


このAfter Storyで朝日 湊のお話は終わりです。

ここまで読んでくれてありがとうございました。

※イラストは全てAI画像生成です。


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