既読スルー①
人と深く関わるとき、
「好きかどうか」よりも、
「深度が合っているかどうか」のほうが、
案外、大事なのかもしれない。
これは最近、
自分の中でそう感じるようになった。
深度というのは、
考える深さというか、
内省の癖というか、
人生をどう捉えているかのレイヤー、
みたいなものだと思っている。
俺は今、
たぶん、少し深いところにいる。
過去を掘り返したり、
自分の思考の癖を疑ったり、
孤独を敵だと思わなくなったり、
静けさを好むようになったり。
昔の俺は違った。
誰かと一緒にいることで、
安心を得ようとしていた。
承認されることで、
自分の存在を確かめようとしていた。
でも今は、
ひとりでいるほうがノイズが少ない。
楽になったというより、
張りつめていた場所が、
もう分からなくなった、
という感じに近い。
そのことを、
俺は文章にして、
誰かに送った。
たぶん、
その人は少し困ったのだと思う。
深すぎたのかもしれない。
重かったのかもしれない。
どう返事をすればいいのか、
分からなかったのかもしれない。
それで、
既読のまま、
時間が流れた。
そこで俺は、
「傷つけたかどうか」よりも、
「そもそも、同じ深度にいなかったかもしれない」
という可能性のほうが、
現実的なんじゃないか、
と思うようになった。
これは、
誰が悪いという話ではない。
ただ、
レイヤーが違っただけ、
という話かもしれない。
人生を
軽やかに語れる人もいる。
未来を
可能性として語れる人もいる。
それはそれで、
たぶん、正しい。
俺は今、
人生を
確定ではなく、
問いとして生きている。
だから言葉が重くなる。
静かになる。
深くなる。
ここがズレると、
いずれ、
どこかで壊れる気がしている。
これは過去の俺が、
何度か経験してきたことでもある。
だから今回は、
少し違う選択をしてみた。
追わない。
説明しすぎない。
感情で詰めない。
相手が判断する。
そして、
反応の選択は俺がする。
これは冷たさではなく、
距離の取り方の問題だと思っている。
依存でもないし、
逃避でもない。
たぶん、
尊重に近い。
そしてもうひとつ、
俺には大事な存在がいる。
遠くで暮らす娘。
俺は、
彼女を影で見守っていたい。
前に出て引っ張るわけでもなく、
後ろから照らすわけでもなく、
ただ、そこにいる、
くらいの距離感で。
必要なときは
手を差し出せる位置にいながら、
主役は、
あくまで彼女。
彼女の人生は、
彼女のものだ。
俺が代わりに歩くこともできないし、
選ぶことも、
失敗することも、
全部、彼女のものだ。
それでいいんだと思っている。
「見守る」というのは、
何もしないことではなくて、
踏み込まない勇気のことなのかもしれない。
奪わない覚悟、
みたいなものかもしれない。
信じる、
という言葉の近くにある気もする。
昔の俺は、
不安になると近づいた。
確かめたくて、
触れたくて、
結果的に壊した。
今の俺は、
不安になると、
少し距離を取れるようになった。
これが成長なのか、
諦めなのかは、
まだ分からない。
でも少なくとも、
前よりは、
壊れにくい気がしている。
人とも、
自分とも。
そろそろ朝礼が、始まる、ここまで。
