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自分の反応を観察すると、内面が解る

「最近言われて、嬉しい!と感じた言葉はなんですか?」

先週、仕事帰りにオペラを観に隣町を訪れた。

チケットを見せて、列に並んで会場へ入場し、空いている観客席を探す。
すると、通路ですれ違った見ず知らずの子どもたちから、「コンニィーチワァ!こんにちは」と日本語で声を掛けられ、とても驚いた。
その後も、大きくお辞儀のそぶりを見せて、照れ笑いして逃げる子もあった。

いったい、知らない町で、どうして迷わず日本人だと思われたのか?
とても不思議だし、それに、誰からこの言葉を教わったのか?。。 

もしも、日本人観光客が多い国とか、日本の知名度が高い親日国だったなら、そういうことはよくあるかもしれない。

けれど、ここはそうじゃない。
だから、それだけに、とても有難く、じーん♡と嬉しかった。

実のところ、
昨年この国へ引っ越してきた時には、普通に、諦めていた。
ここは、在住邦人もほんの数人しかいない国。

ここではもう、アジアの「平べったい顔星人」の定め(運命)、
道を歩いても、バスに乗っても、痛いほどの視線を浴びる。

小学生からティーンエイジャーまで、好奇心いっぱいの世代から、くすくすと、
「ニーハオ、$♪×¥●&%#!」
。。これは、よくあること。
稀に「珍種」として、車内で動画を撮られることもあった。

(注:周りの大人はきちんと子供たちへ説教をするし、席を譲ってくれたり、助けてくれる人も多く、優しくまともな社会です!)

例えば、アフリカ生活の場合、とりあえず「ニーハオ!」。。西も東も、アルアルだったけれど、中国人が大勢住んでいるのだから、これはもうしかたがない。

でも、この国の場合、日本人だけでなく、そもそも東アジア人が居ないから、同条件。
。。ということは、日本国のプレゼンス・知名度って、やっぱり中国より低いのかな。。と、ちょっと内心、残念に思っていた。

ところが、
冒頭の経験のように、最近、急に、何かが変わったと感じる。

道をすれ違う見知らぬ学童から「コンニィチワ」と言われる。
仕事から帰ると、同じ団地に住む幼児まで、「コンニィチワ」と叫ぶ。
別の町での野外コンサートの人混みでさえ、「コンニィチワ」と言われる。
単純に、嬉しくて頬がほころぶ。
でも、感覚的に、絶対に偶然じゃないと思う。

たぶん、あの時を境に、何か違うのだ。。

今年は、この国が抱える国際紛争の、ハーグでの判決15周年記念。
先日、国内のニュースや新聞、ドキュメンタリーなどで話題になった。
当時その判決の一翼を担った、日本人のあるお方が、大統領と会ってクローズアップされたからなのだ。

いや~、お陰様で、全然関係ない私が裨益しているという、バタフライ・エフェクト。

しかし、母国語で挨拶されることが、こんなにも嬉しく、心温まるなんて。

では反対に、アジアの隣国の言葉で声掛けされると、私はどうしていつも微妙な気持ちになっていたのだろう?

同じように、英語やドイツ語だって、私にとって母国語じゃない。なのに、「ハロー」「グーテンターク」と言われても、残念な気持ちにはならない。

自分の反応とは、往々にして自分の無意識の中に勝手に巣食っている優劣感が原因で、ポジティブにもネガティブにも反転するのだと、この歳になってやっと気が付いてきた。

今日起きている外界の出来事自体はもちろん興味深いけれど、自分や他人のそれに対する反応を観察すると、その人の内面が解るって、もっと興味深いことだと思う。


#ハッピーライティングマラソン

(立ち寄って読んでくださった皆様へ、とても嬉しく励みになりました、ありがとうございます🙏)

追伸 8/12 : 
今日も街中でやんちゃなお兄さんたちが、すれ違いざま、小声で「コンニチワ。。」
やっぱりこれは偶然じゃない。。


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