【短編小説】透明の檻の中から
「歩きスマホは危険です。」
「ながら運転はやめましょう。」
「誹謗中傷は犯罪です。」
最近の貼り紙には、電子機器に関するものばかりだ。
ベビーカーのショルダーにスマホスタンドを取り付け、アニメを見ている子どもでさえ「普通」にいる。
外で遊ぶ子どもが減ったせいか、転び方も知らずに怪我をする子が増えたと聞く。
公園で擦りむいた膝や泥だらけの笑顔は、今や懐かしい光景になりつつある。
周囲を見渡せば、子供も大人も高齢者も、皆同じ角度でうつむき、同じように画面に心を奪われている。
「仕事辞めたいんだよね。退職代行使おうかな。」
友人のその言葉に、今や誰も驚かない。
SNS一つで職場とも関係を断てる時代になったのだ。
この光景が当たり前になったのはいつからだろうか。
画面に集中しすぎて、すれ違った人の顔も覚えていない。いつのまにか記憶にあったお店は別のお店に変わっている。
気がついた時には、現実よりも「画面の向こう側」の世界が優先されていた。
だが、かつての私もそうだった。
目覚ましのアラームで目を覚まし、ショートムービーを見ながら支度をする。
満員電車でも、寝る直前までもスマホの画面を見つめる。
そんな、スマホが中心の毎日を当たり前のように過ごしていた。
そんなある朝、寝坊をした。
慌てて家を飛び出し、息を切らしながら電車に駆け込んだその瞬間、ポケットにスマホが入っていないことに気づいた。
取りに帰る時間はなく、仕方なく窓の外に視線を向けた。
猛烈なスピードで走っているはずの電車から見る朝日に染まる空は、なぜかスローモーションのように美しく感じられた。
「おはよう」と笑顔で挨拶を交わしながら登校する学生たち。
対照的に、車内の大人たちは無表情で、どこか命の灯が消えているようだった。
私もこの中の1人だったのかと思うと、胸の奥が少し苦しくなった。
通勤中の駅構内。
掲げられた「歩きスマホは危険です」の文字に、初めて真正面から目を向けた気がした。
視線を上げれば、誰もがうつむいてる。
液晶の光に顔を照らされ、イヤホンで耳を塞ぎ、周囲の音も景色も、人の気配すらも遠ざけていた。
まるで、自分という存在を閉じ込める透明な檻の中にいるようだった。
私はスマホを忘れただけ。
でもその日は、朝の空の色が目に入り、ゆっくりと揺れる木々の音。
駅前の壁に貼られていた、小学生が描いた“お父さん”の絵。
それらすべてが、愛おしく、まぶしく感じられ、忘れていたものを取り戻せたような気がした。
何をしても満たされず、何を見ても心が動かなくなっていたのは、
きっと世界を、自分の目でちゃんと見ようとしていなかったからだ。
その日から私は必要以上にスマホを触らなくなった。
画面越しでは味わえない、小さな感動がこの世界には溢れていることを知ってしまったから。
同じ景色を見ていても、感じ方は人それぞれだ。
あなたにはあなたの世界があって、私には私の世界がある。
これは誰の真似でもない、"私だけの世界"。
今日も私は空を見る。
昨日とは違う空に薄っすらと虹がかかっていた。
理由なんていらない。
そんな小さな幸せを見つけられる自分でいたい。
思っている以上にこの世界は面白い。
