【生きている内に会いにいける閻魔様】との静謐な時間のススメ
【生きている内に会いにいける閻魔様】
と存分に対話出来る場所。
鎌倉にはそんなちょっと不思議なお寺があるのを
ご存じだろうか。
北鎌倉駅で横須賀線を下車すると大抵の観光客は
円覚寺や明月院、はたまた建長寺のような大きくて
名のある仏閣に吸い込まれるように消えていく。
その様子が視界の端に入り、やや不安を憶えながらも鎌倉方面へと真っ直ぐに歩みを進めていくと
鎌倉エリアとの境界に近い所までやってくる。
そこで漸く「南無地蔵菩薩」という赤い幟旗を
見つけられる。
(閻魔大王とお地蔵様は同一視されているので
こんな幟になっている)
うっかりしていると通り過ぎしまいそうな
小さな寺院だ。

門前の急な階段を気を付けながら上っていくと
お線香のホッとする香りが漂ってくる。
ここが今回の目的地である「円応寺」。

小さな頃から私は【あの世】や【妖怪】【おばけ】【魂】 などというものになぜか興味を持っていた。
好きだったのは【ゲゲゲの鬼太郎】、【悪魔くん】そして【あなたの知らない世界】など。
夏になるとブルブル震えながら心霊番組を見ていたし、将来は鬼太郎と結婚して一緒に妖怪談義をしたいと思っていた。
大人になってからはそんな変わった嗜好も
徐々に下火になってきていた。
だが神奈川に越してきて鎌倉を訪れることになった際、【生きている内に会いにいける閻魔様】が祀られている寺院があると知り久々に胸が高鳴った。
嗜好再燃である。
漫画やアニメで何度も見た地獄。
そこの閻魔庁とやらにいらっしゃる閻魔大王様。
普通なら死後でないとお目にかかれないお方である。
下手をするとうっかり舌を抜かれる危険性もあるが(笑)、私にとっては【会いにいけるアイドル】
よりも希少性がある。
円応寺のお堂の中へ一歩足を踏み入れると、
外の眩しい光から遮断され、少しひんやりとした
独特の薄暗い空気に包まれる。
そんな中まず初めに目に飛び込んでくるのは
お堂の中央で力強く目を見開き、今にも怒気を
含んだ言葉を発しそうな閻魔大王の座像だ。
その圧倒的な迫力に、思わず冷や汗が出て
自然と背筋が伸びる。

さらにその左右には、死後に人間を裁くという
「十王」の裁判官たちが壁に沿ってずらりと並び
眼光鋭くこちらを見下ろしている。
(閻魔様も十王の一人)
三途の川で亡者の衣服を剥ぎ取るという不気味な「奪衣婆(だつえば)」の像もあり、堂内はまるで
閻魔庁での裁判に迷い込んでしまったかのような
不思議な臨場感に満ちている。
実はこの他にも鎌倉には円覚寺や宝戒寺など
いくつかの寺院で閻魔様が祀られているのだが、
この裁判所のような臨場感を感じられるのは
円応寺のみだ。(あくまで自分比)
ここを訪れる度に、私は遠い鎌倉時代の人々の
参拝風景を想像する。
どんな想いで何を願う為に閻魔様にお参りに来ていたのだろう。
普通お寺には観音様やお釈迦様、阿弥陀様など
様々なご神仏が祀られているが
ご本尊として閻魔様を祀る寺院はそう多くない。
他の方々と違い分かりやすい形で手を
差し伸べてくれるわけではないからかもしれない。
それでもここの人々が閻魔堂を大切にしていたのは
なぜか。
理由の一つとして、鎌倉という土地の政治的背景が
関係しているように思える。
鎌倉は今でこそ活気ある観光地として賑わっているが、かつて争いの絶えない場所でもあった。
源頼朝がこの地を政治の中心と選び武家政権を造っていく中で、また頼朝以降北条氏に実権が移っていった後にも多くの武士達の思惑が交錯してぶつかり合い、尊い命が散っていくこととなった。
戦わなければ自衛出来ない、でも殺生をしている
罪からも逃れられない。
死後、自分は地獄へ堕ちてしまうのだろうか?
来世は良い世界に生まれ変われないのでは
ないだろうか?
そんな彼らの不安な心に寄り添う鎌倉仏教の発展と
共に、閻魔(十王)信仰が盛んになったのはある意味
必然というべき流れであったのかもしれない。
憶測ではあるが、当時の武士にとって坐禅や念仏を
唱えることで精神統一が出来たはもちろんのこと、
他にも心を慰めたことがあるとするなら、
この閻魔大王をはじめとする、死後に裁きを下す
十王に生きている内に対面出来たということでは
ないだろうか?
先程も言った通り、武士はその多くが殺生を犯して
いるので、仏教に則って考えると重罪且つ
地獄落ちる可能性は高い。
ところが閻魔信仰では、死後のお沙汰を決定する
十王に生前の内に予め心からの謝罪をすることで
情状酌量してもらえるという考え方がある。
ちょっとご都合主義ではあるが、ある意味ものすごく人間らしい思考だなと感じるし、武士達にとっては
この上ない朗報だっただろう。
(それでも殺人の罪はなかなか消せるものではないと
思うけれど)
人間の業の深さを感じる話でもあるのだが、
だとしてもこのように生前に自分自身を顧みて
少しでも行いを改善しようとする心は
持っていた方が良いと思うのだ。
なぜなら人は生きて肉体を持っている内にしか
出来ない罪の償い方もあると感じるからだ。
とあるクリエイターの方の受け売りに影響されて
そう思うようになったのだが、その方の綴っていた
死生観が私の心に深く刺さった。
その方によれば、【因果応報】というのはやはり
本当にあるのだという。
例えこの世で罪に問われなかったとしても、
死後は魂の形に戻り、自分の過去の行いに真正面から向き合わされる時間が訪れる。
その時、実体のない魂にはもう「軌道修正の行動をする」という手段が残されていない。
だからこそ、自分の意思で反省し、改善の為に具体的な行動を起こせるのは、この世に肉体を持っている間だけなのだ、と。
死後の世界があるとはいえ、それは生前とはまるで
違う状態なのであろう。
(当然と言えば当然だか生きている内にはそれに気付けないのかもしれない)
そういえばここ円応寺の閻魔像にはそれを
彷彿とさせるような言い伝えも残されている。
像は仏師運慶作とされているが、
(あくまでもそう伝わっているのみで確証はない)
言い伝えはこうだ。
運慶は頓死をして閻魔大王の前に引き出されましたが、閻魔様の 「汝は生前の慳貪心(物惜しみし、欲深いこと)の罪により、地獄に落ちるべきところであるが、もし汝が我が姿を彫像し、その像を見た人々 が悪行を成さず、善縁に趣くのであれば、汝を裟婆に戻してやろう。」といわれ、現世に生き返された運慶が彫刻したと言われています。
つまり、閻魔様としては
「地獄は恐ろしい所だという情報を広めてほしい。
その恐怖心からでもいいから、生きている内に自分の罪に気付いて行動を改め、地獄には来ないでほしい!」
ということなのだろう。
またこれも堂内の解説版にあったものだが、

簡単に言うと、地獄に落とした亡者だけが苦しむ
のではなく、裁く側の閻魔様もそれ以上の
苦しい罰を受けるということ。
本当は亡くなる前に悔い改めてほしいけれど、
それが無理ならせめて来世では罪を繰り返さない
でほしいという切実な願いだ。
この説明書を読むと私はいつも涙が出そうになる。
そんな犠牲を払ってまで私達を救おうとしてくれているのだ。
こう言った話の真偽の程は分からない。
でも、円応寺の静寂の中でこれらについて反芻
してみると、自分の人生というものを
もう少し能動的に、そして誠実に生きてみたい
という想いに駆られる。
自分の行いとも、周りの大切な人達とも
いつも向き合える自分でありたいと思える。
実を言うと私は先日、親友と呼ぶべく友人に
少し距離を置かれる出来事があったばかり。
良かれと思ってアドバイスのようなことを
言ってしまったけれど、彼女にとっては
自分のペースで進めたいこともあり
煩わしかったのもあるのだろう。
ぷっつりと連絡が途絶えてしまった。
鎌倉武士にそんな悩みを打ち明けたら、激怒され
斬りかかられるかも知れないが、
時代が変われば罪の種類も変わるもの。
刃物でなくても人を傷付けることはあるし
命を奪ってしまうことさえあるのだ。
変わらないのは、いつの時代も人は罪を犯し、
その罪に悩むということだ。
で、件の彼女とは今連絡が取れないので、
ひとまず閻魔様の前で懺悔し想いを巡らせて
いるというワケなのだ。
文句も言わずじっと耳を傾けてくれるのが
本当に有難い。
この【地獄】に来ると、生きているということの
尊さと、今自分に出来ることは何かと問いかけることの大切さを教えてもらえる気がする。
なので「地獄もなかなか悪くないよ」と言うのだが、
周りの賛同は未だ得られていない。
やはり私の嗜好はどこかズレているのだろうか?
彼女ともいつかまた話せる時が来たら、
二人で閻魔様に会いに来たい。
もちろん生きている内にだ。
そんな願いを胸に私は今日もせっせとこの場所に
足を運んでいる。
※今回は鎌倉の中で1番好きなな円応寺のことをいつもとは違うエッセイ風に書かせていただきました。
最後までお読みいただきありがとうございました。
