花形はストーブ。でも、厨房を回していたのは「ピフレ」だった
昔、私はすかいらーくグループのファミリーレストランで働いていました。
ファミレスの仕事は、大きく二つに分かれていました。
一つはフロアです。
お客さまを席へ案内し、注文を取り、完成した料理を運ぶ。食事が終われば皿を回収し、最後はレジで会計をする。お客さまと直接接する仕事です。
もう一つは厨房です。
フロアから入ってきた注文を受けて、料理を作り、提供する仕事です。
当時、厨房には主に五つのポジションがありました。
ストーブ、ピフレ、サラダ、デザート、皿洗いです。
この中で、花形は間違いなくストーブでした。
ハンバーグやステーキを鉄板で焼き、チキンをオーブンで仕上げ、目玉焼きを作る。ファミレスの主力料理の多くを担当する、いわば厨房のエースです。
皿洗いから始まり、サラダ、デザート、ピフレと経験を積み、最後にストーブを任せてもらう。当時の厨房には、そんなキャリアステップがありました。新人にとって、ストーブは一つの到達点でした。
ところが、平日のランチタイムや土日のディナータイムになると、ストーブ以上に厨房全体を左右するポジションがありました。
その名前を、「ピフレ」といいます。
ピフレとは、何をする仕事だったのか
ピフレは、ピザ・フライ・レンジを縮めた呼び方だったのだと思います。
ピザを温め、フライヤーでポテト、鶏のから揚げ、エビフライなどを揚げる。ピラフやドリアなどのレンジ料理を仕上げ、湯煎してあるコーンやキャロットを皿に盛り付ける。ライスの提供もピフレの仕事でした。
それだけを聞くと、火を使ってハンバーグやステーキを焼くストーブよりも、少し地味なポジションに見えるかもしれません。
しかし、ピフレには、もう一つ重要な仕事がありました。
厨房に入ってくるオーダーを読み、各ポジションへ差配することです。
いまの飲食業界でいう「デシャップ」や「エクスペダイター」に近い役割かもしれません。
ただし、私が経験したピフレは、料理の確認や指示だけを行う専任者ではありません。自分でもピザ、フライ、レンジ料理を作りながら、厨房全体を動かしていました。
つまり、プレイヤーでありながら、司令塔でもあったのです。
いまのファミレスでは、タブレット注文や厨房システムの進化によって、当時ピフレが頭の中で行っていた情報整理の一部は、システム側に移っているのかもしれません。
それでも「複雑な情報を、現場が動ける形に変える」という機能そのものは、今も組織に必要です。
人からシステムへ役割が移っても、組織に必要な機能は残るのだと思います。
皿洗い、サラダ、デザートにも専門性があった
厨房の仕事は、まず皿洗いから始まりました。フロアの人が回収してきた皿から残飯を取り除き、下洗いをして、業務用の食器洗浄機にかける。
洗い上がった皿は、ストーブ、ピフレ、サラダ、デザートなど、それぞれの所定の場所へ戻します。
皿洗いを経験することで、皿の種類、厨房の配置、どこに何があるのか、厨房全体がどのように動いているのかが分かるようになります。
次はサラダです。
前もって細かく切っておいたレタスに、キュウリやブロッコリーなどを盛り付け、注文に応じたドレッシングをかける。サラダにも複数の種類と大きさがありました。
その次がデザートです。
アイスクリームを一つ盛り付ければ完成するものもあれば、フルーツ、クリーム、コーン、アイスなどを重ね、見栄えよく仕上げるパフェもあります。季節ごとにメニューが変わるため、覚えることも少なくありません。
どの仕事も、厨房を回すために必要でした。
皿洗いが止まれば、料理を盛る皿がなくなります。
サラダが遅れれば、メイン料理が完成していても、セット料理としてお客さまへ出せません。
デザートの「食事と同時」と「食後」を間違えれば、お客さまの体験を損ねます。
厨房は、花形のストーブだけで成り立っていたわけではありません。
暇な厨房と、繁忙時間帯の厨房は別世界だった
平日の深夜には、フロア一人、厨房一人ということもありました。お客さまが少なければ、一人でも対応できます。ところが、何組かのお客さまが同時に来店すると、状況は一変します。
特に大変なのは、平日のランチタイムと土日のディナータイムでした。
ストーブ一人、ピフレ一人、サラダ一人、デザート一人、皿洗い一人。
そこへ家族連れの注文が次々に入ってきます。ハンバーグ、ステーキ、チキン南蛮、煮魚、ナポリタン。それぞれの料理に、ライス、サラダ、小鉢、スープ、デザートなどのセットが付きます。
しかも、すべてを注文された順番に作ればよいわけではありません。
お子さま料理は、できるだけ早く出す。
デザートには「食事と同時」と「食後」がある。
同じテーブルの料理は、なるべく近い時間にそろえる。
先に注文した家族の料理を、後から注文した別の家族へ間違えて出してはいけない。
厨房には、次々に割り込みが起きます。
ここで、ピフレの力量が問われます。
オーダーを、そのまま読み上げてはいけない
たとえば、四人家族と六人家族の注文が、十秒違いで入ったとします。
注文票には、お客さまごとに料理が並んでいます。
一人目は〇〇ハンバーグとAセット。
二人目はプレミアムハンバーグとBセット。
三人目はチキン南蛮と小鉢。
別の家族には、ステーキ、煮魚、ナポリタン、お子さまハンバーグ、ポテト、プリン、杏仁豆腐などが並んでいる。
これを注文票の上から順番に読み上げたら、どうなるでしょうか。
ストーブ担当は、何種類のハンバーグを何枚焼くのか、自分でもう一度数え直さなければなりません。
サラダ担当は、サラダの大と小が、それぞれ何皿必要なのかを頭の中で拾い直します。
デザート担当は、プリンが食後なのか、杏仁豆腐が食事と同時なのかを聞き逃さないよう、神経を使います。
全員が同じ長い注文を聞きながら、自分に関係する部分だけを探すことになります。それでは、それぞれの人が料理に集中できません。
だからピフレは、注文をただ読み上げるのではなく、組み替えます。
最初に、ストーブが意識すべき料理をまとめます。
「お子さまハンバーグ一つ。プレミアムハンバーグ三つ。〇〇ハンバーグ二つ。サーロイン一つ。チキン南蛮一つ。煮魚一つ」
ここで一息置きます。
次に、ピフレ自身が作る料理を確認します。
「鶏のから揚げ小鉢一つ。ポテト小一つ」
さらに一息置き、サラダやデザートに関係するセットをまとめて伝えます。
「Bセット四つ。ひじき二つ、煮物二つ。Aセット二つ。Cセット二つ。杏仁豆腐は同時、チョコレートパフェは食後。Dセット一つ、コーンスープ一つ。お子さまセット一つ、プリンは食後」
最後に、「オーダー終わります」と伝える。
ピフレは、単に大きな声を出していたのではありません。
顧客単位で入ってきた注文を、職種別、料理別、数量別、優先順位別に変換していたのです。
数の多いものから伝えれば、担当者は、頭の中で全体の配置を作りやすくなります。職種ごとに区切って伝えれば、その人が集中して聞く時間をまとめられます。お子さま料理を最初に伝えれば、厨房全体で優先順位を共有できます。
ピフレの読み上げ方一つで、厨房の空気は大きく変わりました。
ストーブの技術を生かすのも、ピフレだった
ストーブ担当は、同じハンバーグでも焼き時間の違いを考えます。
仮に、〇〇ハンバーグよりプレミアムハンバーグのほうが二分長く、サーロインはさらに三分長くかかるとします。
すると、すべてを同時に鉄板へ置くことはできません。
まず、お子さまハンバーグを置く。
次にサーロインを置く。
三分後にプレミアムハンバーグを三枚置く。
さらに二分後に〇〇ハンバーグを二枚置く。
その間も、焼き加減を確認し、付け合わせを準備し、料理の完成時間を合わせます。これは、高い専門性が必要な仕事です。だからこそ、ストーブ担当に、注文の集計や整理までさせてはいけないのです。
ピフレが注文を整理しなければ、ストーブ担当は、焼き物に集中する前に、長い注文票を頭の中で再編集しなければなりません。
一方、ピフレが数量と優先順位を整理して渡せば、ストーブ担当は、鉄板の配置と焼き上がり時間の逆算に集中できます。
ピフレは、ストーブの仕事を奪うのではありません。
ストーブが、本来の専門性を最大限発揮できる環境をつくっていたのです。
ピフレは、厨房全体の認知負荷を引き受けていた
仕事が混乱するのは、能力の低い人が集まっているからとは限りません。情報の渡し方が悪いだけで、優秀な人たちの力が発揮されなくなることがあります。
誰が何を作るのか。
何個必要なのか。
何を先に出すのか。
どれが食事と同時で、どれが食後なのか。
どこが遅れているのか。
これを各担当者がそれぞれ考えていたら、厨房全体の認知負荷は一気に高まります。
ピフレは、その負荷を一度引き受け、整理して、必要な人へ、必要な形で渡していました。そして、自分の持ち場だけを見ていたわけでもありません。
ストーブが詰まっていれば、一部を手伝う。
サラダが遅れていれば、盛り付けを支援する。
デザートが集中していれば、簡単なものを引き取る。
全体を見ているからこそ、いま厨房のどこがボトルネックになっているのかが分かります。
ピフレは、固定された分業の隙間に落ちた仕事を拾う、遊撃手でもありました。

ビジネスでも、情報はそのまま流してはいけない
会社にも、ピフレのような仕事があります。
顧客から営業へ、さまざまな要望が入る。
経営層から、「この新規事業を早く立ち上げてほしい」「リスクも確認してほしい」「来月までに数字を出してほしい」と指示が来る。
プロジェクトには、開発、製造、法務、経理、人事、ITなど、複数の専門家が参加する。
ここで、受け取った情報をそのまま全員へ転送すると、仕事は進んでいるように見えて、実は進みません。
各部門が、自分に関係する情報を探し、背景を確認し、優先順位を推測し、足りない情報を聞き直すからです。優秀な専門家ほど、自分の専門領域には強い。しかし、すべての顧客要望や経営事情を、自分で整理し直すことまで求めれば、本来の力を発揮できなくなります。
必要なのは、情報を減らす人ではありません。
相手が動ける形に変換する人です。
開発が今日決めることは何か。
法務が確認する論点は何か。
顧客へ聞き返すことは何か。
今週行うことと、来月でよいことは何か。
何を最優先にするのか。
これを整理して渡す。
それが、ビジネスにおけるピフレの役割です。
花形の成果は見える。ピフレの成果は見えにくい
ストーブが焼いたステーキは、目に見えます。
売上を取った営業、システムを作ったエンジニア、難しい交渉をまとめた担当者の成果も見えやすいものです。
一方で、ピフレ型の人の成果は、見えにくい。
料理の提供が遅れなかった。
注文の漏れが起きなかった。
専門家同士が衝突しなかった。
会議が増えなかった。
顧客から苦情が来なかった。
「何も問題が起きなかった」という形で現れるためです。
そのため、組織では、ピフレ型人材が過小評価されることがあります。本人も、「自分は何も生み出していないのではないか」と悩むかもしれません。
しかし、その人が異動した途端、急に仕事が回らなくなる。情報が錯綜し、抜け漏れが増え、専門家が疲弊し、責任の押し付け合いが始まる。
そこで初めて、組織は気づきます。
あの人は、単なる調整役ではなかった。
チームが機能するための設計をしていたのだ、と。
キャリアの最終地点は、花形職種だけではない
当時の厨房では、キャリアステップの最後はストーブでした。たしかに、ストーブには高い技術が必要です。任されること自体が、一つの評価でもありました。
ただ、いま振り返ると、厨房全体への影響という意味では、熟練したピフレの価値は、それ以上だったかもしれません。難しい仕事を一人でできるようになることだけが、キャリアアップではありません。
若手のころは、ストーブを目指せばよいのだと思います。自分の技術を磨き、難しい仕事を任される人になる。
しかし、リーダーや管理職になるにつれて、求められる価値は変わります。自分が一番うまく料理を作ることよりも、チーム全体がよい料理を、安定して出せる状態をつくることが重要になります。
それは、派手ではありません。
けれど、組織にとっては欠かせない仕事です。
まとめ|ピフレに学ぶ、チームを回す人の5つの役割
ピフレとは、かつて私が働いていたファミレスの厨房で、ピザ・フライ・レンジ料理を担当しながら、入ってくるオーダーを各ポジションへ差配する仕事でした。
現在の飲食業界でいうデシャップやエクスペダイターに近い役割ですが、ピフレには、自分でも料理を作るプレイヤー兼司令塔という特徴がありました。
ピフレの仕事から得られる、ビジネスへの示唆は五つあります。
第一に、情報は受け取った順番で流すのではなく、相手が動ける形に変換すること。
第二に、チーム全体の認知負荷を減らすこと。
第三に、優先順位と割り込みのルールを明確にすること。
第四に、その瞬間のボトルネックを見つけること。
第五に、専門家が専門性を発揮できる環境をつくること。
それは、単なる「調整役」ではありません。
情報を仕事に変え、個人の専門性をチームの成果へ変える仕事です。
あなたの会社にも、ピフレのような人はいないでしょうか。複雑な依頼を整理し、専門家が動ける形に変え、優先順位を示し、遅れているところをそっと助ける人です。そして、もしかすると、あなた自身が、その役割を担っているのかもしれません。
花形はストーブかもしれません。
でも、厨房を回しているのは、ピフレです。
あなたの会社の「ピフレ」は、きちんと評価されているでしょうか。

