1973年 イタリア親善大会
ITALIE はいつも JAPON のとなりです。グルノーブルでも同じホテルで、食事もいっしょでした。今気づいたのですが、右から2人目は Francesco Ruscone です。当時、FITA、現在のWAの会長は長い間女性の Mrs Frith が務めたのですが、この後イタリアの Ruscone が務めることになります。
Mrs Frith は、アーチェリーへの貢献からオフィサーの称号を与えられたイギリス人で、主要な国際スポーツ連盟を率いた唯一の女性でした。叶いませんでしたが、1964年東京オリンピックでのアーチェリー競技実施を強く訴え、1969年の全日本アーチェリー連盟の加盟申請にも尽力しました。
そして Ruscone はイタリアの建築家で、親日家としても有名で、「私が今でもとても誇りに思っていることの1つは、私たちの審判委員会が何もすることがないということです。他の連盟で起こっている訴訟や混乱、制裁の多さを考えると、4回のうち3回の総会では、審判委員会は何も報告することがないという報告をしなければなりません。これは非常に健全な兆候だと思います。」と語っています。
この時代、すべては選手サイドに立っていたいい時代でした。総会は世界選手権に併せて行われるのですが、ちょうどこのころから「コンパウンドボウ」を認めるようにとの意見が毎回アメリカから出されるのですが、それを毎回ヨーロッパ勢が否決していました。
そして1989年、会長の職は初めて海を渡り、企業のトップであるEASTON社社長 Jim Easton に引き継がれます。そこからの評価はお任せします。

そんなこともあって、グルノーブルの後イタリアのミラノで親善試合がありました。



あまり覚えていないのですが、1202点で優勝。国際試合初の1200点台でした。
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