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1976 US National

1976年、社会人1年のこの年、就職は京都に居たかったのと自分で時間を作ってアーチェリーは続けようと、堀川七条の小さなスポーツ用品卸の会社に勤めていましたが、週休2日もなく、日曜日も出勤のある、今なら超ブラックと呼ばれる会社でした。それでも、朝の暗いうちから車で岩倉の同志社高校のレンジに行き、その後は車を置いて9時には出社。退社は早くて19時と、そんな繰り返しの日々でした。

オリンピック最終予選
5月2・3日 横浜 富岡洋弓場

春のオリンピック予選を信じられないような点数で落ち、これからどうしようと思っていた時に、ヤマハの広瀬 明さんから「全米選手権」に行かないか、と電話がありました。広瀬さんとは1973年グルノーブル世界選手権で一緒で、お互い全米は初めてでしたが、その前にオリンピックも見に行くとのことでした。

モントリオール郊外のモーテルで宿泊
裏庭で練習
モントリオール市街でのデモンストレーション

全米選手権はこの後、1982年まで7回毎年参加することになるのですが、この年の全米は特別でした。1976年はアメリカが独立宣言から200年を迎える、建国200年の記念の年で、全米各地でいろいろな催しがおこなわれました。
アーチェリーもそれにちなんで1969年の世界選手権開催場所である、バレーフォージで行われました。バレーフォージは独立戦争時、ジョージ・ワシントンが宿営地としたアメリカ人にとっては記念すべき場所です。

開会式では盛大なセレモニーが行われ、1週間前にモントリオールでゴールドメダルを獲得したダレル・ペイスとルアン・ライアン、そして前回ミュンヘンのゴールドメダリスト、ジョン・ウィリアムスとドリーン・ウイルバーがデモンストレーションを行いました。

それにしても偶然というか幸運というか。1969年にアーチェリーを始めて7年、「こんなところで射ってみたい」と憧れたその場所で、シューティングラインをまたげたのです。

                               1974 ザグレブ世界フィールドチャンピオン
                         Doug Brothers
Edwin Eliason  2nd
      Darrell Pace  全米4連覇

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亀井 孝のアーチェリーノート 貧しいアーチャーです。点数はお金で買えませんが、もしこの記事があなたのアーチェリーに幸運をもたらすと思われたら、チップをお送りください。 きっとあなたのアーチェリー人生は、素敵なものとなるでしょう。