エヴェレスト登頂
受傷して5年。「2階に上りたい」とずっと思っています。2階には自分の部屋も寝室もあり、普段使う物から大切なものまで、たくさん置いてあります。それなのに、脊損はこんな簡単なこともさせてくれません。
退院前には階段に付ける昇降機やエレベータも考えたのですが、値段もそうですがそれ以上に我が家が美しくなくなるのが嫌でやめました。家に入るためのスロープは付けたのですが、それは1階に入る手段であり2階には上がれません。

15段の階段を自力で登るのは、脊損にはエヴェレスト登頂に思えました。プッシュアップで18センチ上がるのも並大抵ではありませんが、奥行きが23センチしかないので、勢いは付けられず一段間違えば前転で滑落です。

気力がなかったのですが、それでも片付けや物の様子も見なければならないので、5年の間に2度だけ娘婿に背負ってもらい登頂しました。その時の景色が、どれほど懐かしく美しいものであったか。そんな目の前にあるのに、手が届かないのです。
自力で登ってみたい。とはいっても単独登頂は自信がないので、理学療法士のお姉さんに助けを頼み、力を借りました。暑い夏が少し過ぎ、秋の気配の感じる9月終わりに初めての登頂にチャレンジしました。
右手を座面に、左手で手すりを持って一段ずつ上るというより引き上げていきます。後ろで持ってくれているのは、引っ張るというよりは前に倒れないための助けです。

15分くらいのことでしたが、自力での第1回登頂に成功。味を占めて、10月には2度の登頂成功し、2階の片付けが少し進みました。もちろん、エヴェレスト単独登頂の夢は今もあるのですが、現時点では危険が多すぎるのに加えて、車椅子を2階に上げたり下ろしたりは自分ではできません。

自分も健常者の時は、車椅子の人を見て、足が不自由だから車椅子に乗っている、程度にしか理解をしていませんでした。しかし自分が車椅子になってみると、そうでないのに気づきます。
例えば脊椎損傷はその部位にもよりますが、自分は胸椎Th11と12の間が完全損傷しているので、足が使えないというより、臍から下がまったく利かないので、腕だけで全身を引き上げるしかありません。ちょうど80キロの死体を2階に運ぶようなことです。
それに、車椅子よりはるかにつらいことがあります。それは排●排○にかかわることです。一切コントロールできないのです。意識して出すことも止めることも、意識すらありません。すべて〇〇流しです。そのため普段からパットや紙パンツは欠かせません。○は時間に合わせてカテーテルで出します。しかし●はそうもいきません。下剤や座薬を多くの人は使いますが、時間も手間もかかり、感覚もありません。そのため長時間、例えば試合もそうですが、作業をしたり人と会う時には大変です。
それだけでなく、今回自覚したのは腹に力を入れる「腹圧」「腹筋」です。これは体幹が利かないので、弓を射つ時に上体を固定するのにも使いますが、エヴェレストを上る時には、腕だけで一段一段身体を持ち上げるので、想像以上の腹圧が掛かるようです。
1回目の登頂では分からなかったのですが、下山してみると〇〇〇まみれで、登頂には成功ですが、実際には失敗しました。車椅子は車椅子以上に辛いことがあるのです。

2回目以降の登頂は、少しコツがつかめてあまり腹圧を掛けずに登ることができるようになり、部屋の片付けも少し進みました。豚もおだてりゃ木に登りますが、車椅子もおだてりゃ2階に上がれるようです。
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