初めて「ヤマハ」を使う。
1969年4月、同志社高校1年で「洋弓部」に入り、アーチェリーを始めました。クラブ紹介で洋弓部かフェンシング部か、のどちらかに入ろうと思っていたのですが、最初に足を運んだボックスが洋弓部だったので、アーチェリーを始めることになりました。
当時の同志社高校は最強でした。円陣で先輩が「俺らの言うことを聞けば、日本一にしてやる」と言われました。

当時高校で使われる弓は「ヤマハ」か「Hoyt」でしたが、最初のマイボウは「Black Widow TF」を、親のすねをかじって、3年間使います、バイクには乗りませんと約束して買ってもらいました。Hoyt 4pmは「¥100000」くらいで、TFは「¥50000」くらいだったでしょうか。
それが翌年の春には「Hoyt 4pm」に代わり、初めてのテイクダウン「Hoyt TD2」を使う大学3年の1974年までに、Hoytワンピースボウばかりを11本使いました。

Hoytはホイットおじさんが作る、世界チャンピオンが使う弓でした。ヤマハは1969年に「YG」を、1971年には「Ysl」を出し、1974年には最初のテイクダウンボウ「Ytsl」を発売しますが、勝手な思い込みですが、ヤマハがHoytを上回ると思ったことがありませんでした。

ところが1976年の春、Hoyt TD2で当たっていたのですが、試しにこの黄色い「Citation」を練習で射ってみたところ、1週間で1300点はもちろん、トータル、距離別自己新をすべて超えてしまったのです。


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