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思い込みを糺すと、人生は豊かになる。

ミスをなくしたい私が、
最近読んだ本があります。

それは、中島孝志さんの『ミスがどんどんなくなる技術160』という本です。

この技術のひとつに、

「一人」ではなく、
「複数」でチェックする。

という項目が出てきました。

自分で確認したつもりでも、
思い込みで見落としていたところを、
他者が気づかせてくれるのですね。

すると、説明のところに
初めて見る漢字が出てきたのです。

『ほかの人が思い込みを糺してくれる。』

という文の、「糺す」という漢字です。

「あれ?正すじゃないんだ。」
と感じるとともに、
この漢字に魅了されたのです。




字は「愛」であると考えていて、
自分なりの解釈をするのが好きな私は、

つい、この字を分解して眺めてしまいました。

「糺」

「糸」と「乚」でできている…。

「糸=いと=意図」の音のつながりから、
私は、「糸」を「意図」と解釈し、

「礼=禮」の旧字体のつながりから、
「乚」は、「豊かさ」と解釈しています。

そんなふうに眺めてみると、
思い込みを糺してくれることは、
意図を豊かにしてくれることのように感じられるのです。




人は、自分の視点からしか、
物事を見ることができません。


しかし、人と話したり、本を読んだりして、
「あぁ、この人はこういう考え方をするんだ。」
「そうか、そういう見方もあったのか。」と、
他者の視点を取り入れて、
視野を広くしていきます。

他者の視点を取り入れることで、
自分では気づけなかった可能性が見えてきます。

それは、自分の意図や選択肢を豊かにしてくれることでもあるのです。


この「糺」という字は
「糺う」という送り仮名では、
「あざなう」と読みます。

糸をより合わせて、
縄を編む意味を持っています。
(「禍福はあざなえる縄のごとし」の「あざなう」ですね。)


「糺う」という字は、
思い込みを糺すことで、
一本だった糸が豊かな糸とより合わさり、
切れにくい縄へと変わっていく様子を表しているかのようです。


ところで、

これは全くの偶然なのですが、
「あざなう」という音の響き。

「字」も「あざな」と読み、
「字」には「愛」という意味もあります。



ここで、あらためて、
「糺す」という言葉の意味を調べると、

「横にそれないように中心に向けて締める」

とあります。(漢字源参照)


思い返してみると、
人生の中で私を糺してくれた存在がいました。


それは、親です。

もちろん当時は反発したこともありました。

けれど親は、私が横道にそれないよう、何度も声をかけてくれました。

もしかすると、人を糺してくれるものの正体は、知識や正論だけではなく、

相手の可能性を信じ、
より豊かな方向へ導こうとする
「愛」なのかもしれません。


ここまでお読みくださり、ありがとうございます😊

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