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もしこの世にインターネットがなかったら

私の幼少期にはインターネットというものが存在していなかった。

私が体調を崩した時、母は本棚から家庭の医学という分厚い辞書のようなものを引っ張り出してきて調べていた。その隣には分厚い国語辞典、和英辞典など辞書も沢山並んでいた。

私はいわゆる田舎の出身だ。母の影響を濃く受けて育った。他に居場所というものがなかった。これは精神的に、という意味ではなく物理的に、という意味でそうだった。ど田舎だったので車がないと出掛けられない、自転車で移動するにも正直かなりの距離を漕がなければ自分が一緒に遊びたいと思う子の家にはいけない、習い事は週に一度、休日の個人のレッスンのみ。小学校では正直気が強くで苦手だなぁという子が登校班が一緒でべったり仲が良かったようにその子からも周りからも思われていたので離れられず。そんな感じでスタートした義務教育期間は、高校を卒業しても私に暗い影を落とし続けていたように思う。当時はその思考回路と環境しか知らなかったので辛いのだがそのことを上手く認識できず人生とはこんなもんだと思っていたのだった。
母はテレビドラマを好み、日がな一日それを眺めていた。私は先ほど述べた通り他の世界に入り込むチャンスがなかった。
家の中だけの価値観の中で育った私は、テレビが好きだった母の影響を強く受け、そちらが土台となった。私の内部には、いわばフジテレビ的というべきか、冷笑を是とする価値観が染みついていた。あるいは、『ロンドンハーツ』的な、青春のうちに他者を嘲笑し、劣ったものを嘲笑うことで自らの位置を確かめる、卑しい見栄の構造がそこにあった。

要するに、私はかつての自分が嫌いだ。

努力はしたくなかった。軽蔑していた。才能だけで生き、ただ羨望されたかった。汗を流す者を見下しながら、自分は何もせずとも優れているのだと思うことに、そしてそう思われることに憧れた。そんな人間を友人として好む者などいるはずがなかった。

しかし私は同時に、他者と親しくなりたかった。相談を受ける人間でありたかったし、自分が中心に置かれ、取り合われる存在でありたかった。愛されたいという欲望だけは過剰に肥大し心の中で気付かずまま育てあげていた。ありのままの私を受け入れて。取り繕うことなんて、建前なんて軽蔑の対象でそんなものは”ほんもの”の友情じゃない、という歪んだ自分の美意識が私の友好関係における全てであった。カントよろしく、道徳の定義に、そしてそれは他者から与えられるものだけに限定して厳しかった。要求だけが多く、与えるものは乏しい。そんなかんじだから愛されず大切に扱われず、然し自分はこんなに美しい定義を持っているのにおかしいのでは、無条件で虐げられているのではないか、そうだ、公平でなければいけない、おかしいと勝手に憤り、常に不満と怒りの中にいた。
そして孤独であった。

そのような状態が「普通」であったから、私はインターネットの掲示板に現れる未熟な人間たち、あるいは匿名空間で徹底的に叩かれる人々を見ながら、少しずつ自分の輪郭を疑うようになった。「自分もまた、これと同質のものではなかったか」と。

それが、わずかな変化の契機である。

たとえば、誰かが親切心から、やんわりとした調子で注意をしてくれることがあったとしても、それをそのまま受け取るだけの余裕が私にはなかった。頭では「そういう見方もある」と分かるような気がしても、感情のほうが先に反発してしまう。「だって、でも、私はそんなつもりじゃない」「私は別に嫌なことをしているわけじゃない」「むしろそっちのほうこそどうなんだ」と、心の中で言い訳と反論が止まらなくなる。

そして気がつけば、「この前だってこうだった」「あのときも私は我慢していた」「自分だっていろいろな嫌なことを飲み込んできたのに」と、自分の被害や不満だけを積み上げて、相手の言葉を受け止めるどころか、逆に押し返すような状態になっていた。たった一言の助言がきっかけで、感情は過去の出来事まで総動員して膨れ上がり、結局は「私はこんなにも不幸なのに」という一点に収束していく。

そうなると、冷静に関係を保つことなどできるはずもなかった。本来であれば味方であったはずの人間が、次第に「自分を責める側の存在」として見えてくる。助言は助言として届かず、むしろ自分を否定する圧力のように感じられ、結果として、助けようとしてくれた友人を、私は敵のように扱ってしまうことさえあった。

そのときの私は、自分が何を守ろうとしているのかも分からず、ただ傷つくことへの過敏さだけで反応していたのだと思う。

学校にも家庭にも、安んじて居られる場所はなかった。日々、消えてしまいたいという感情だけが均質に続いていた。

そういう意味で、私はインターネットに育てられた部分がある。もしそれがなければ、今なお、かなり危険なままの人間であったろうと思う。
自分以外の人が何かを相談している。それはおかしいよ、とナナシさんが言う。「いや、だって」「でも、その前はことがあって」「それで俺が謝らなきゃおかしいのかよ」そんなやりとりを見てこれはもしかしたら私ではないのか、と気づいたのである。人ひとのふり見みて我わがふり直なおせ、である。自分自身に向かわれていないそのアドバイスや注意においては、素直に私が受け取れるものであったから、初めて自分のことを客観的に(それでも自分が考えているのでどうしたって主観的なのだが)考えることが出来たのであった。「私もこういう言葉を考えもなしに言ってしまっていた」「こういう時はこういう言い回しがいいんだな」「なるほど、でも、だって、だからは嫌われる言葉なんだな」

私は自分が思っていた以上に嫌なやつで常識知らずだということを自覚出来たのはインターネットのおかけだった。

もしこの世にインターネットがなかったら、私はいまだに自分が世界一不幸だと思っていて、いつも愛されないことに不平等だと怒っていて、抱えきれない孤独感を周りの人に投げつけるようなやつだったろう。

2ちゃんねるに人生教えてもらった人もいたんだね、ということで。



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