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不登校からのひきこもり7年間(まとめ)

僕には3つ上に兄がいる。

優しい兄だ。優しい人だから、考えこむ事が多いんだろうと思っていた。

僕には理解出来ないが、『なんで??』を、よく考える人だった。

理由などが分からない事は『やらない』という選択肢を選んでしまうので、学校や友達と上手くいかなくなっていった気がする。

周りに合わせるということが苦手だった。

今の兄は、合わせる事も出来るし、相手の話を聞き、歩み寄る力もついた。

ただ子供の頃は、それが出来なかっただけだ。

周りに合わせるということができず、不登校になっていった。

不登校になり、中1の頃には完全に引きこもりになった。

友達はどんどん成長していくのに対して、兄の時計は中1で止まっていた。

それに耐えられなくなって、会う人も限られていった。

家の中では普通だった。

よくドラマであるような、ずっと部屋にいて、ご飯は部屋の前に置くみたいな事ではなかったが、かなり壮絶なひきこもり生活だった。

ひきこもりになってから7年後、外の世界に出れるようになったら、止まっていた時間を取り戻すかのように、人の3倍?いや、5倍くらいのスピードで生きた。

僕の勉強した時間と得た知識なんてあっという間に抜かれた。

資格なんて50個以上取り、履歴書に収まりきらないので、どれを書こうか悩むくらいだった。

引きこもってる頃、母や父が、兄が自分で動くのを待とうと決めた事が、本当に凄いと思う。

そして立ち直って、自分の人生を大切な人と生きた兄はカッコイイと思う。

そんな兄の、不登校や、ひきこもりの話を書いていこうと思う。

■兄がひきこもりになっていった経緯


兄は少し変わっていた。

僕が小学1年生の頃、兄は「学校、燃えてないかなぁ」と僕に言った。

「なんで?」と聞くと「えっ行きたくないから」と言っていた。

学校って楽しいところじゃないのかな??と1年生の僕は不思議に思った。

兄がおかしくなったのは、4年生の時の担任のせいかもしれない。

兄はノートを真面目に書いてたのに、落書きをしていると思われて「ノートを見せろ」と言われ「真面目にノート書いてるだけだから嫌だ」と断った。

それなのに無理やりノートを取り、担任の先生は手を上に伸ばし、兄がジャンプしても届かないところでノートを読んだそうだ。

その日から兄の心は壊れた。

家族でサーカスを見に行った日。

ピエロが僕たちの席の方に来て、僕は「うわぁーーー」とテンション上がってたら、ピエロは兄の帽子を取り、ふざけた。

そしたら兄は、秒でピエロのボディに思いっきりグーパンチ。

家族も、おじいちゃん、おばあちゃんもドン引きした。

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物書きを仕事にしたくて頑張ってきました!1度諦めた夢です。しかしnoteと出逢えて表現場所が出来て嬉しいんです!有料記事を無くしていきたいのでチップの応援お願い致します🙇‍♂️