親父と俺(19):親父の三大特訓のはなし
さて、大洲の「星一徹・飛雄馬親子」こと上久保親子の「特訓」の話に戻ろう(笑)。
これまで書いてきたが、とにかく私は「最初なんにもできないようにセットされて生まれてきた」らしく、大変だったわけです(笑)。
逆上がりでも、木登りでも、なんでも誰に教わるでもないのに最初からできる子っていましたでしょ?
ああいうのとは、ほんと無縁。なんにも最初からできなかった。それは、歯磨きができないとか、爪切りができないとか、そういう次元の話だったんですよ。
爪切りはおばあさんに教わってやっとできたとかね(涙)。
ただ、私には親父がいた(笑)。野球のバットにボールが当たるまで、3日間ボールを投げ続ける親父が。。。
小学校の低学年は、私が次々と「試練」に直面し、星一徹・飛雄馬のような特訓でそれを克服していく歴史であった(笑)。
ただ、飛雄馬は生まれながらに針の穴を通すコントロールがあっての「大リーグボール養成ギプス」なわけで、あれは天才の話だったと思うんですよ。
私は、そんな能力はまったくない状態からのスタートだったわけで。
小学校低学年時の「三大特訓」は、
「逆上がり」「自転車」「跳び箱」
だった。あーあーあー、と思い当たる人もたぶんいる。この3つ、できるようになった子とそうでない子の差が大きく、できる子は「どや顔」、できない子は校庭の隅っこ。クラス内での「権力関係」にまで影響を与えるもんでしたよね。
で、権力闘争に敗れて、ぽつんとしている私に業を煮やして、親父が出てくるパターン。
私、できなくて権力闘争に敗れても、泣くことはなかったんですよね。ポツンと隅にいるタイプ。
そこからは、夕方の大洲小グラウンド、週末の親父のサッカー練習中の南久米小グラウンドで、特訓が行われる。
跳び箱の時は、週末の大きな体育館に親子二人だけで特訓でしたね。
(はい、巨人の星のテーマソングよろしく♪)
ただし、現在の私は、どちらかというと、ばんばばんか、男・岩鬼に近い性格です(笑)。
「まさとよ、あれをみよ、大洲の霧だ」
みたいな感じですよね(涙)。
「地面を勢いよく蹴れ!「蹴れ!」
と、親父の声が響きまくる中、ひたすらできるまで続ける私。そうすると、朝から始めて、夕方ごろにはできるようになる。
できるようになると、人よりよくできるようになるのも私の特徴でもある。
「まあは頭ええ、呑み込みが早い」
いや、最初から自分でこうしたらいいとか考えられないのが問題で(涙)。
ただ、この親父の特訓のよかったところは、べただけど
「やればできる」
という感覚を、骨の髄から身に着けたことじゃないかな。
最初できなくても、それは当たり前なので、気にならない。やればできないことはない、という感覚。
これは、最初からできる子には身に着けられないもので、努力する、工夫して身に着ける、そうすればできるという感覚を身に着けたことが、のちにすごくよかったと気づくことになる。
ただ、この時は、ただの苦行でしたがね。
それでは、またね。
