"親子"にはあまり時が残されていない。傷があればどうか解かれるように。
分からなくても、それでも、その中でも父母を想い、悟り、生きている間に親孝行をしなくてはいけない。特にお母さん、いつも私たちを想い、駆けつけるお母さん。
私たちには時がない。
結局私たちは、父母が亡くなる時これまで尽くしてきてくれたことを、どれだけ愛されてきたのかを知るようになるんだ。
親の心が分からなくても、想わなくては
親子。切っても切り離すことができない。
何もなく産まれてきた時も、辛い時、悲しい時、最高に嬉しい時、何も持たずに死ぬ時も私のお父さんとお母さんを思う。見て欲しいと思う。
色んな傷がある人もいるよね、、ほんとはこうしたかった。共にいたかった。どうか色んな傷がついて、どうしようもない考えられない人もいると思うけれど、どうか色んな恨が解かれて当たり前の最高の幸せを感じられますように。
日々忙しいけど、お父さんお母さんのこと日々の中で考えられない事が多いけれど、親子がいつまでも想いあう単純で最高の原理を後回しにしないようにしよう。
お母さんの夢、願いを少しでも叶えられるようにしよう。
最後に、、
神様は私たち人類の父母であるので、いつも私たちと共に生きたいと切に願っている。少しでも私たちを無条件に愛する神様を親として見てあげれば、どれだけ慰められより一層愛したいと思われるだろうか。
