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代行時代

<あらすじ>


大手IT企業の総務部で働く川原悠斗(32)は、かつて将来を嘱望されたエンジニアだったが、新規事業の失敗で左遷され、今は裏方業務に甘んじている。そんな彼の支えは、匿名で請け負う総合代行アプリ「タスカル」。ペットの散歩や大学の出席など、他人の代わりを果たすことで得られる「星評価」が、自尊心のよりどころだった。

ある日、悠斗は「別れ話の代行」を依頼されるが、その相手は想いを寄せていた同僚・高梨沙耶(28)の恋人だった。葛藤を抱えたまま依頼をこなし、副業も会社に発覚。謹慎中、代わりに業務を担った同僚が社外秘資料を流出させるという事態も起こる。

自分の不在が他人の失敗を招いたことに責任を感じた悠斗は、処分の軽減を願い、関係先にも頭を下げる。やがて「誰かの代わりに生きる」ことへの限界を悟り、タスカルのアカウントを削除。かつての挫折を乗り越えるべく、自ら再び開発の現場へ向かう。これは、代行社会に依存していた男の再出発を描く物語。


<登場人物>


川原悠斗・かわはらゆうと(32・男)…会社員
高梨沙耶・たかなしさや(28・女)…悠斗の同僚

佐伯辰也・さえきたつや(35・男)…悠斗の同僚
矢野泰輔・やのたいすけ(32・男)…悠斗の同期

水原真帆・みずはらまほ(28・女)…沙耶の同期
田代祐樹・たしろゆうき(33・男)…沙耶の彼氏
桐生正次・きりゅうしょうじ(44・男)…悠斗の上司

カッコウ…ナレーション


<本編>

○オフィスビル・会議室(朝)
二人の男が対面で立っている。川原悠斗(32)が、宮島(50代男性)に深々と頭を下げる。

悠斗「大変申し訳ございません!」
宮島「そんないい加減なことじゃ困るんだよ! 取引ってのは信頼あってなんぼだろうが!」
悠斗「はい……申し訳ございません」
宮島「二度とこんなことがないようにしろ! 次は許されないからな!」

宮島、ドアを開けて出ていく。悠斗、頭を下げたまま動かない。

○オフィスビル・外観(朝)
悠斗、建物から出てくる。スーツ姿の中野(40代男性)がスマホを持ちながら近づく。

中野「『からあげ』さんですよね? いやー大変お疲れさまでした」
悠斗「先方、多少お怒りではありましたが、理解はいただけたかと」
中野「助かったよ、代行してくれて。ああいうの…どうにも胃が痛くなっちゃってさ」
悠斗「こちらこそ、ご依頼ありがとうございました」

中野、スマホの画面を操作。

中野「これで完了っと。星、五つ付けといたんで。じゃあまた何かあったらよろしくね」

○街の全景(朝)
ビルの大型広告に「総合代行アプリ・タスカル」の看板が輝く。キャッチコピーに「やりたくないこと、全部まとめてタスカルが代わります」とある。

○どこかの電線(朝)
1羽のカッコウ。喋り出す。

カッコウ「え? ぼくが誰かって? カッコウだよ。名前ぐらい知ってるだろ? ぼくらさ、自分で子育てしないんよ。よその巣に卵を預けてさ、他の鳥に育てさせる。便利だけど、卵を抱かされた相手はたまったもんじゃないよな。でも最近、どうも様子が変なんだよ。人間の世界でも、誰かの代わりをやるのが、当たり前になってきてるらしいって。しかも個人が気軽に何でも引き受けて、知らないやつの用事をこなしてるってさ。…おもしれぇよな。ちょっとだけ観察してみるとすっか」

悠斗の姿を遠くから映す。

○アクティバソフト・全景(昼)
都心部にあるオフィスビル。アクティバソフトは、BtoC向けアプリや業務支援ソフトを開発するIT企業。

○同・オフィスフロア(昼)
社員たちの働く様子。

○同・総務部・悠斗のデスク(昼)
悠斗、自席で仕事中。そこへ営業部の田中(20代男性)が駆け込んでくる。

田中「川原さん、すみません! 新しい名刺、急ぎで明日の朝までに刷ってほしいんですけど……営業先で使うのに切らしちゃって」
悠斗「了解です。50枚で大丈夫ですか?」
田中「はい、ありがとうございます! 助かります!」

田中が去ると、今度は経理部の山﨑(20代女性)が慌てた様子で来る。

山﨑「川原さん、経理部のコピー機、トナー切れちゃって…至急交換お願いできますか?」
悠斗「わかりました。この後すぐやりますね」
山﨑「助かります! よろしくお願いします」

山﨑が去り、今度は人事部の里中(30代男性)がファイルを抱えてやってくる。

里中「川原さん、この社内アンケート集計、今週中でお願いしてもいいですか?」
悠斗「はい、了解です。週末までに一次提出できるよう進めますね」
里中「さすが総務のエース! よろしく」

悠斗、少し照れ笑いを見せ、デスクに向き直る。同僚の佐伯辰也(35)が隣の席から声をかける。

佐伯「川原、聞いた? マーケの田崎っていただろ」
悠斗「田崎? ああ、主任の田崎さん」
佐伯「あいつさ、人事に副業バレて異動になったって。なんかゲーム機の転売でめちゃめちゃ儲けてたらしいよ」
悠斗「へぇ、知らなかった」
佐伯「給料よりそっちの稼ぎが大きかったってのがウケるよな」
悠斗「もう本業にしたらいいのに(笑)」
佐伯「あーあ、俺もフードデリバリーとかこっそりやろうかなぁ」
悠斗「配達先が桐生部長だったらどうすんの?」
佐伯「そりゃやべぇ! ……地道にこの会社にご奉公し続けるしかないかぁ」

遠くから佐伯を呼ぶ声。

佐伯「あ、会議入ってたわ!」

佐伯、慌てて席を立つ。

○同・オフィスフロア(昼)
悠斗、空のトナーを持って自席に戻る。

○同・総務部・悠斗のデスク(昼)
同僚の高梨沙耶(28)が悠斗のデスク近くに立っている。

沙耶「川原さん、この前の書類の件、本当にありがとうございました。あのまま出してたら、部長に怒られるところでした」
悠斗「あ、いえいえ。たまたま誤植気づいただけですから。何かあればまた声かけてください」
沙耶「これ、週末に旅行いった時買ってきたんです」

沙耶、ずんだのお菓子を悠斗に渡す。

悠斗「仙台ですか?」
沙耶「松島に行ってきて。よかったら食べてください」

悠斗「ありがとうございます。あとでいただきますね」

沙耶、自席に戻る。

悠斗(M)「旅行か。誰と行ってきたのかな……」

○フードフェス会場・全景(日替わり・昼)
屋台が立ち並び、人々で賑わう。

○同・キッチンカー前(昼)
悠斗、汗をぬぐいながら長蛇の列の先頭にたどり着く。レジには店員(20代女性)。

店員「お待たせしましたー! 若鶏の炭火焼きと、焼きそば、ひとつずつですねー!」
悠斗「電子マネーで」

ピッと支払いを済ませ、受け取った商品をトレーに乗せて振り返る。そこへ依頼主の矢崎(20代男性)と連れ(20代女性)が現れる。

矢崎「『からあげ』さんですよね? すみません! 他の店のやつでもうお腹いっぱいになっちゃって。やっぱ、キャンセルします」
悠斗「…え?」
矢崎「処分お願いできます? 食べちゃってもいいっすよ。あ、評価はもちろん星5つけときますんで!」
悠斗「……」

矢崎と女、ヘラヘラした笑顔で去っていく。悠斗、手にした焼きそばと炭火焼きを見つめる。

悠斗(M)「2時間並んで…星もらうだけかよ」

悠斗、その場に立ち尽くす。

○市民会館・全景(夕方)
「市民ピアノ発表会」と書かれた看板。会場には親子連れの姿。

○同・ホール(夕方)
ステージでは、小学校低学年ほどの女の子がピアノの椅子に座るところ。悠斗、観客席で小さく背を丸めながら座っている。膝には手作りの応援パネル。

悠斗(M)「……たぶんこの子だよな。ありさちゃん、って依頼に書いてあったし……よし」

悠斗、深呼吸して立ち上がる。

悠斗「ありさちゃーん! がんばってー!」

会場内、一瞬で静まり返る。ピアノの鍵盤に手を置いていた子どもが止まり、客席がざわつく。舞台袖から親(30代女性)が顔を出す。

親「ちょっと! それ、うちの子じゃないでしょ!」
悠斗「あっ……えっ……す、すみません! あの、代行で……!」
親「代行って何よ!?」

観客から失笑が起きる。悠斗、顔を真っ赤にしてパネルをたたみ、そそくさと出口へ向かう。

悠斗(M)「……応援の代行って、一体誰のためなんだよ」

○住宅街の通学路(夕方)
悠斗、ジャージ姿で犬のリードを握って必死に走っている。小型犬とは思えない勢いで引っ張られる。

悠斗「ちょ、待て待て! お前、ロケットか……!」

下校中の子どもたちが笑いながら声をかける。

子ども「おじさーん、がんばれー!」
悠斗「おじさんじゃない! おにーさ…」

犬、さらに加速。

○住宅街・一軒家(夕方)
悠斗、息を切らしながら玄関にたどり着く。インターホンを押すと、飼い主の佐竹(50代女性)が出てくる。

佐竹「『からあげ』さん、お疲れ様。助かりました。この子、力強かったでしょう」

悠斗、肩で息をしている。犬のリードを佐竹に渡す。

悠斗「はぁ、はぁ、ええ。おかげで…いい運動になりました……」
佐竹「依頼完了しておくわね。さぁジェットちゃん、お家に入りましょうねー」

玄関が閉まる。

○大学・全景(夜)
数人が行き来するだけの静まり返ったキャンパス。

○同・教室(夜)
20人ほどの学生たちが授業を受けている。その中にジャージ姿の悠斗。教授の佐々木(60代男性)がふと目を向ける。

佐々木「そこの……ジム帰りの君。どうですか、このテーマについて」
悠斗「え、あの……個人的には……」
佐々木「個人的には?」
悠斗「つまり……その、どっちとも言えないというか……」
佐々木「うん、個人的にはどっちとも言えない。その曖昧さが、いまの時代を示してるのかもしれませんね。じゃあ、隣の君」

悠斗、軽く頭を下げる。

○大学・廊下(夜)
悠斗、授業を終えて教室を出る。廊下の端に、学生の菊池(20代)が立っている。

菊池「『からあげ』ちゃん、お疲れっす! バイト長引いちゃって、マジ感謝。先生、指名とかしてこなかった?」
悠斗「……ええ、まぁ」
菊池「ウケる。アイツ、指してくるよね〜。いや、でもマジ感謝っす」

菊池、スマホを操作。

菊池「『依頼完了』っと。レビュー、星5にしとくんで、またお願いしますわ。じゃ」

菊池、去っていく。

悠斗(M)「出席も代行か。そのうち入学も退学もぜんぶ代行になるんじゃないか? ……大学って何のためにあるんだろ」

○悠斗の自宅アパート・外観(夜)
低層の集合住宅。いくつかの部屋に明かりが灯っている。

○悠斗の自宅アパート・部屋(夜)
テーブルの上には、食べかけのコンビニ弁当と缶ビール。悠斗がベッドに寝転がってスマホをじっと見つめている。画面は「タスカル」アプリのレビュー欄。

《スマホ画面》
「対応がとても丁寧でした」「めっちゃ助かりました!」「またお願いしたいです」。どれも星5評価。小さく拍手のアニメーションが弾ける。

悠斗、少し笑う。

悠斗(M)「会社じゃ、僕が何をしてるかなんて誰も見ちゃいない。けど、ここは違う。やった分だけ、それをちゃんと誰かが見ててくれるんだ」

悠斗、壁にかけられた「開発部表彰状」に目をやるが、すぐ視線を戻し、再びスマホ画面へ。画面に表示される「ゴールド会員まで、あと2件!」の文字。

悠斗「よーし、もう一息だ。やるぞ!」

○アクティバソフト・全景(昼)
多くの人が行き来している。

○同・オフィスフロア(昼)
昼休み。社員たちがデスクでお弁当を広げている。

○同・総務部・悠斗のデスク(昼)
佐伯、コンビニ袋を片手に席へ戻る。悠斗に話しかける。

佐伯「今朝ニュース見てたら、代行アプリの件で炎上しててさ」
悠斗「炎上?」
佐伯「なんかさ、大学勝手に辞めたのを親に謝りに行くってのを代行したやつがいて。マジかって思ったわ」
悠斗「へぇ、本当にあるんだ…」
佐伯「代行の人が、泣きながら土下座してきて、親はポカーンだったって(笑)」
悠斗「依頼する側も気まずそうだよね……まぁ、時代かな」
佐伯「便利だけどさ、代行。でもそういうのって、自分のケジメじゃん。代わりに謝ってもらって、何が残るんだか」
悠斗「誰かにやってほしいこと、案外多いから。僕だって、代わってくれるならお願いしたいこと山ほどあるし」

佐伯、コンビニチキンを手に取って悠斗に見せる

佐伯「だから骨抜きになんのよ。便利すぎると、人間弱くなるって」

○同・休憩スペース(昼)
沙耶、同僚の水原真帆(28)とランチを広げている。水原はサンドイッチ、沙耶は丁寧に詰められたお弁当。

水原「うわ、また手作り? しかもその卵焼き、絶対こだわってる。出汁とか入れてそう」
沙耶「夜にまとめて作ってるだけ」
水原「彼氏、ちゃんとしたのじゃないとイヤって人なんだっけ」
沙耶「…うん。コンビニのは身体に悪いって。私が食べるものも気になるみたいで」
水原「え、じゃあお昼とかもチェックされてんの?」
沙耶「チェックっていうか……気にしてくれてるって感じかな。健康とか、見た目とか」
水原(少し呆れた顔)「見た目…って、服も髪型もぜんぶな感じ?」
沙耶「まあ、似合うの選んでくれてるっていうか」
水原「ふーん。なんか気疲れしそう。あたしは無理だわ(笑)」

○ホテル・ラウンジ(夜)
利用者で賑わっている。悠斗が依頼人・佐川(30代・女性)とテーブルを挟んで座る。悠斗はメモを取りながら相槌を打つ。

佐川「……要するに、この件バレちゃいけないんです。なので今日、『からあげ』さんにはウチの夫役として、ここで座っててほしいんです」
悠斗「その不倫相手に旦那さんの顔とか年齢とかそういうのは……」
佐川「大丈夫です、見せたことないからわかりません。あと、年下って言ってありますし……相手の男性、同じ職場の間宮さんって方なんですけど、ちょっと強引な人で。ずっとメールとかチャットとかでしつこく誘ってきてて。私は最初から何度も断ってたんです」
悠斗「でも、プライベートでお会いされたんですよね?」
佐川「ほんと一度だけ。お茶だけならって。でも、何もなかったです。一連のやりとり、間宮さんのスマホに残ってたみたいで、奥さんの美咲さんがそれ見て、『完全にこっちが悪いです』って言ってきて…」
悠斗「それで向こうから直接謝りたいと。しかも佐川さんの旦那さん込みで」
佐川「ええ。今日の場、ウチは正直会いたくもなかったけど……これで終わるなら受けようかと。でも、夫には絶対に知られたくない」
悠斗「だから、僕が旦那さん役なんですね」
佐川「はい。形だけで結構です。喋らなくていいですから。…むしろ黙って怒ってるフリしてもらえると、助かります」

× × ×

○同・ラウンジ(夜)
悠斗と佐川が並んで座る。テーブルの向かいには間宮(40代・男性)と、間宮の妻・美咲(30代・女性)の姿。

美咲「本日は、お時間をいただきありがとうございます。……夫が、ほんとに、とんでもないご迷惑をおかけしました。ほら、あんたも!」
間宮(すぐに頭を下げ)「申し訳ありません。軽はずみな行動で、深く反省しています」
美咲「この人、職場で調子に乗ってるみたいで。(スマホを手に)でも、記録は残ってますからね、全部」
佐川「はい。ご覧いただいた通り、私は何度も断ってました。本当に迷惑でした」
美咲「わたし、最初は両成敗だと思ってたんですよ。でも実際のやり取り見たら、もう……ほんっと情けない」
間宮(下を向いたまま)「……すみません」
美咲「この場を設けていただいたのも、少しでも佐川さんの旦那様へ誠意が伝わればと思って。あ、そうそう、これをお持ちしました」

美咲、封筒を佐川の前に、すっと差し出す。

美咲「これは、迷惑料ということで……どうか、お納めください」
佐川「……わかりました」
悠斗「!(受け取ったのを見て驚く)」
美咲「あともちろん、うちの人には改めてきつく指導しますし、今後は職場でも関わらせません。(間宮を見て)ね!」
間宮「……本当に、すみません」

悠斗、ただ硬い表情でうなずく。

佐川「これで、全部終わりにしましょう。お互い、もう二度と会わない。それでいいじゃないですか」

○同・エントランス(夜)
悠斗と佐川、ラウンジを後にし、静かなロビーを並んで歩く。外にはタクシー乗り場。

佐川「今日は助かりました。ほんとに……。でも、旦那っていうより、ちょっと年下の彼氏って感じだったかもね」
悠斗(苦笑)「バレなくてよかったです」
佐川「……『からあげ』さんは、どこからが不倫だと思います?」
悠斗「え?」
佐川「気持ち? それとも身体を許したら?」
悠斗「うーん、たぶん……どっちも、ですかね」
佐川「そう。……じゃあ、やっぱりウチ」

二人の前にタクシーが寄ってくる。佐川、悠斗を見ずに、後部座席へ滑り込む。佐川、軽く会釈しタクシーに乗って去る。

○アクティバソフト・オフィスフロア(朝)
社員が行き交う。

○同・悠斗のデスク(朝)
悠斗、書類を整えている。スマホが震る。

《スマホ画面》
「新規依頼:恋人と別れたいけど、自分で言えない。代わりに伝えてほしい。」
依頼者:まめ
報酬:1万5千円

悠斗(M)「別れ話の代行か。重いなぁ……でも、これやり切ればゴールド会員」

悠斗、スマホ画面の「受託」ボタンを押す。

○カフェ・全景(夜)
繁華街の通り沿い。

○カフェ・店内(夜)
悠斗の向かいに田代祐樹(33)が座っている。

悠斗「田代祐樹さんですね」
田代「あんた誰だよ」
悠斗「代行の川原と申します」
田代「はぁ? 代行? 俺、人と待ち合わせしてんだけど」
悠斗「『まめ』さんという方からのご依頼で、本日はお別れをしたい旨、お伝えに上がりました」
田代「まめ? 誰だよそれ」
悠斗「本名は控えさせていただきますが…あなたにお伝えすればわかるとのことでメッセージを預かってます」

田代、ぽかんとする。

悠斗「読み上げますね。『私、卵焼き本当は好きじゃないんです。見るのも嫌だし、あれを作ってた自分のことも嫌いでした。……食べたいなら、今後は自分で作ってください』だそうです」
田代「え…まさか……いや、そんな」

田代、スマホを取り出し電話をかける。

田代「…なんだよ、使われてないって。昨日まで普通に…」
悠斗「お別れする件、了承ということでよろしいでしょうか」
田代「ふざけてるよ、あいつ。これまで散々いい思いさせてやったのに……なんで俺がこんな形で…」

田代、立ち上がる。

悠斗「了承もらえますか?」
田代「ああ、もういいよ、わかったよ!」
悠斗「ありがとうございます」
田代「……代行だか何だか知らないけどさ。あんたもずいぶん惨めなことしてんな」

田代、カフェを出ていく。

○駅前・ロータリー(夜)
悠斗、スマホを見ながら歩いている。ふと、向こうからやってくる同期の矢野泰輔(32)とすれ違いざまに目が合う。

矢野「あれ? 久しぶりじゃん、川原」
悠斗「おお、矢野か。偶然だな」
矢野「てっきりどっか転職でもしたかと思ったよ。最近、総務のフロア降りてないからさ」
悠斗「うん、まあ…毎日バタバタやってるよ」
矢野「もうすでに影の司令塔として総務を牛耳ってるとか?」
悠斗「はは……そんな大層なもんじゃないよ」
矢野「川原が開発いた頃はさ、誰よりも真っ先に手を挙げてたよな。新規事業案、三打席全部、フルスイングで三振。いやー、あれは潔かったよ」
悠斗(苦笑い)「…やめてよ。あれは黒歴史だよ」
矢野「いやいや、伝説だって。開発部にいまでも語り継がれてる『川原プレゼン三部作』って」
悠斗「矢野は今も開発だったよな?」
矢野「おう。いま開発1課のディレクターやってんだ。ようやく数字も出てきたし、まずまずってとこ。チャレンジを続けた者に神は微笑むってやつかな」
悠斗「…すごいな」
矢野「で、そっちは? 何か総務で一発企んでんの?」

悠斗、返せない。

矢野「ま、でも元気そうで何より。たまには開発にも顔出せよ。昔の仲間たちも喜ぶし」
悠斗「ああ。そうする」

矢野、手を振って去っていく。悠斗、背中を見送りながら小さくため息。

悠斗(M)「あの時、もう少し粘れてたら、僕もあっち側にいられたのかな……」

○公園・ベンチ(夜)
人気のない静かな公園。悠斗、スマホを片手にあたりを見回す。

悠斗「『まめ』さん……この辺のはず……」

ベンチの女性が、ふと顔を上げる。互いに目が合う。

沙耶「……川原さん?」
悠斗「え、高梨さん。何でここに」
沙耶「もしかして『からあげ』さん…ですか?」
悠斗「『まめ』って、高梨さんだったんですか!?」
沙耶「うそ……やだ、まさか。どうしよう」
悠斗「あ、いや、僕も全然…その知らなくて……」
沙耶「さっきの、祐樹との…全部…」
悠斗「うん……メッセージ伝えましたよ。了承も取りました」

悠斗、隣のベンチに座る。

沙耶「ひどいですよね。自分の口で言えないなんて。しかも代行なんて…」
悠斗「そんなこと」
沙耶「……ずっと尽くしてたんです、祐樹に。言われたことは何でもやって、好みに合わせて服もメイクも変えて、毎週末は向こうの実家にも顔を出して。いい彼女って思われたくて」
悠斗「…うん」
沙耶「でも、何しても、足りないって顔され続けて…。それで、やっと気づいたんです。私、ずっと、田代祐樹の人生を生きてたんだなって。
悠斗「高梨さん……」
沙耶「自分で伝えるべきだって、頭では分かってました。でも……もう、向き合うのにも疲れちゃって」
悠斗「……僕も似たようなもんです。人の代わりに、なんでも代行引き受けて。星ばっかり追いかけて」
沙耶「いつからやってるんですか?」
悠斗「昔、開発部にいたんです。何度か新企画のプレゼンを任されたんですけど、全部失敗して。それで、今の部署に」
沙耶「そうだったんですか」
悠斗「自信無くしちゃって。自分の名前で何かするの怖くなったんですよね。失敗の責任と向き合うのがもうイヤでイヤでしょうがなくなって」
沙耶「それで代行を?」
悠斗「ええ。最初はちょっとした小遣い稼ぎのつもりでした。でも気づいたら、評価の星がもらえるのが気持ちよくて……なんか自分が必要とされてる気がするというか。で、いつの間にか、そればっかり追いかけるようになってました」
沙耶「気分転換みたいなものですかね。ほら、人って息抜きって大事ですし」
悠斗「自分自身と向き合うことから目を背けてるだけ、ですかね」
沙耶「『からあげ』、好きなんですか?」
悠斗「いや、あんまり。むしろ苦手かも。学生時代、ゼミの飲み会でいつも余物のからあげを山盛り皿に乗せられて。『川原はからあげ担当ね』って」
沙耶「それで『からあげ』?」
悠斗「代行って、自分を隠せるじゃないですか。『川原悠斗』じゃなくてもいい。『からあげ』って名前の別の誰かとして人の役に立とう。学生時代から分家した別の世界線の自分。まぁそんな感じです」
沙耶「……ちょっと、わかるかもしれないな」
悠斗「『まめ』の由来は?」
沙耶「『さや』って名前なんで、よく子供の頃『さやえんどう』って男子に呼ばれてたんです。からかわれてるだけなんですけど、大人になってから、なんか愛着わいちゃって。それに……マメでいることって大事でしょ。そんな人でいたいなって」
悠斗「高梨さんは十分、まめですよ」

沙耶、照れたように笑う。

沙耶「さっきの代行、完了にしますね」
悠斗(恥ずかしそうに)「あ…ご利用ありがとうございました」
沙耶「……でもこれ、報酬って思うと、ちょっとヘンですね」
悠斗「ですね。こうして会っちゃうと、急に代行っぽくなくなる」
沙耶「ちゃんと、星つけましたよ。『ありがとう』の代わりです」

○どこかの電線の上(夜)
カッコウ「カッコウのヒナってさ、巣の中で他の卵を蹴落としてでも大きくなるんだってさ。どこぞやの親鳥が代わりに育ててくれるから、子育ていらずで楽できる。でもな、そのヒナのために犠牲になる卵もあるんだよな。代行って仕事も、そういうところがあるんじゃないかね」

○アクティバソフト・全景(朝)
多くの人が行き交う。

○同・悠斗のデスク(朝)
総務部長の桐生正次(45)が険しい顔で悠人に声をかける。

桐生「川原、ちょっと来てもらえるか」

○同・会議室(朝)
悠斗と桐生、会議室のテーブルに向かいあって座る。

桐生「川原、お前に副業疑惑があるって話、人事で出てるぞ。社内規定で副業は禁止だ。知ってるな? 実際どうなんだ」

悠斗、うつむき言葉を探す。

悠斗「それは……その……」
桐生「まったく…このままだとコンプライアンス委員会通すことになるな」

○同・人事部(昼)
悠斗、深く頭を下げている。テーブル越しに人事担当の遠山(40代女性)が厳しい表情で資料をめくる。

遠山「副業禁止規定について、説明は受けていましたよね? 会社としてもこのままお咎めなしというわけにはいきません」
悠斗「……はい」
遠山「就業規則に基づき、5日間の出勤停止処分とします。場合によっては追加の処分も検討しますので、そのつもりでいてください」

悠斗、ただ黙って頭を下げる。

○同・オフィスフロア(夜)
悠斗、デスクを片付ける。

○街路地(夜)
悠斗、とぼとぼ歩く。

○河川敷(夜)
悠斗、土手に座っている。悠斗、スマホでタスカルアプリの「星評価」を指先でそっと撫でる。

悠斗(M)「……星の数だけ、自分が誰かに必要とされてる気がしてた。そのために必死になってたけど……僕はずっと、誰かの人生を代行して生きてきた。謝って、並んで、走り回って……でも、結局手元には、何も残らなかったな…」

悠斗、『登録削除』をタップする。

○どこかの電線の上(夜)
カッコウ「カッコウのヒナってさ、親鳥の巣を乗っ取って大きくなるけど、時にはその巣ごと壊しちまうことがあるんだ。代行屋のあいつも、星を集めで他人のやることに相乗りして、気づいたら自分の居場所失っちまったみたいだな。ま、自業自得だけどよ」

カッコウ、飛び立つ。

○アクティバソフト・佐伯のデスク(昼)
佐伯、自席で作業中。沙耶、コーヒーカップを手にランチから戻る。

沙耶「佐伯さん、もうお昼、過ぎてますよ」
佐伯「うん、ちょっと案件詰まっててさ。あとで軽く行くわ」
沙耶「目の下、クマできてる」
佐伯(苦笑)「うそ、まじか。コンシーラー買わなきゃな」
沙耶「なにか、手伝えることあったら言ってくださいね」
佐伯「おう。悠斗が抜けた分、ちょっとな」

沙耶、佐伯のデスク上にある資料の山を見る。

沙耶「ちょっとって量じゃない気が……今朝、経理に頭下げてたでしょ」
佐伯「おお、見てた? あれは……ちょっとミスっちゃってさ」

佐伯のスマホが机の上で振動する。

沙耶「電話ですよ」
佐伯「いや、大したことないやつ」
沙耶「気づいたらオフィスで倒れてたってならないでくださいね」
佐伯「それはマジ避けたい。ありがとな」

○公園・ベンチ(夕方)
悠斗、ベンチに座っている。そこへ、沙耶が現れる。隣のベンチに座る。

沙耶「しっかり休めてます?」
悠斗「全く何もすることがないって環境、久しぶりすぎて。手持ち無沙汰だよ」
沙耶「身体のリズム崩れますもんね。あ、……佐伯さんの件なんですけど」
悠斗「うん」
沙耶「最近なんか変なんです」
悠斗「変って?」
沙耶「忙しそうなのはいつものことなんですけど……なんていうか、無理してるというか、空回りしてるというか」
悠斗「そっか。僕の案件、まるごと佐伯さんに回ったから。迷惑かけちゃったな」
沙耶「ちょっと心配で。今日も『全部ひとりでやるから大丈夫』って。でも顔が疲れてて」
悠斗「あの人、そういうとこありますよね。抱え込むっていうか」
沙耶「なんか、いつもより余計に、カラ元気な感じして……悠斗さん、早く戻ってきてくださいね」
悠斗「うん、来週から戻れると思うよ」

○アクティバソフト・全景(夜)
人通りはまばら。

○同・佐伯のデスク(夜)
佐伯、疲れた表情でPCモニターを見つめながら呟く。

佐伯(M)「くそ、間に合うわけねぇ、こんな量」

佐伯、スマホを取り出す。タスカルアプリを立ち上げる。

佐伯(M)「『明日の会議資料、急ぎで頼む』っと。報酬は……2,000円でいっか」

佐伯、「送信」ボタンをタップ。スマホに「依頼受付完了」の通知が表示される。

佐伯「あー、マジ助かるわ。世の中、持ちつ持たれつ。まさに代行時代だな」

佐伯、背もたれに体をあずけ、天井を仰ぐ。

○どこかの電線の上(夜)
カッコウが静かに見ている。

○アクティバソフト・全景(朝)
多くの社員が慌ただしく行き交う。

○同・会議室(朝)
正面に桐生。部屋には総務部社員が一同に介している。プロジェクターに映る匿名アカウントによるSNS投稿画面。そこには「アクティバソフト 新製品資料」画像が表示されている。

桐生「昨夜、製品プレゼン資料がSNSに流出した。現在、投稿は削除されたが、キャプチャした画像が色々なところで拡散されている」
沙耶(M)「あの資料、悠斗さんの案件…」
桐生「社内から漏洩した可能性が高い。これは開発部と総務で進めているプロジェクトだ。双方の関係者には本日中にヒアリングを実施するからな。以上」

総務部社員、ぞろぞろと会議室を出ていく。

社員A(小声)「あれさ、イベント実施に向けて調整してたやつ……一緒に進めてたの、ビーグルだったっけ? 広告代理店」
社員B(小声)「そう。今朝、さっそくホームページに謝罪文出てた。かなり影響出るって話だね…」

沙耶、ふと佐伯の様子を見る。佐伯はまだ席を立ち上がらない。

沙耶(M)「…まさか」

○喫茶店・外観(夜)
多くの人が通りを行き交う。

○同・店内(夜)
悠斗と佐伯、窓際の席で向かい合う。

悠斗「……代行、使ったんですね」
佐伯(一瞬、目をそらす)「何の話だよ」
悠斗「これ」

悠斗、スマホを差し出す。

悠斗「例のSNS投稿者が、匿名掲示板へ書き込んだものです。『アクティバソフト社員から直接タスカル代行を受けた』ってあります」
佐伯「これが……何だってんだ」
悠斗「あの資料、開発部で進めているプロジェクトです。総務部を通じて代理店にプロモーション協力を依頼していました。担当は僕です。まぁ正確には、僕だった」
佐伯「……」
悠斗「つまり、この業務を引き継いだ佐伯さんが資料作りの代行を依頼した、というのが僕の見解です」
佐伯「開発の方から流出した可能性もあるだろ」
悠斗「僕は他部門から資料を預かる際、ページの右下に「総務」って印をいつも小さく入れておきます。そして、流出した資料にも」

悠斗が差し出したスマホ画面。映っている流出資料の隅にも「総務」の印。

佐伯「……それが、それがどうした! そもそも謹慎中のお前に説教される筋合いねぇよ」
悠斗「僕も……やってたから、代行。だから分かるんです。最初は『一度だけ』って思うんです。でも便利すぎて、気づけば抜け出せない。代行を引き受ける側も、依頼する側も罪悪感を伴わない」
佐伯「笑わせんな。代行に溺れたお前が今さら善人ヅラかよ? だいたい誰のせいでこうなってると思ってんだよ」
悠斗「……僕は、抜けました。佐伯さんも、戻りましょうよ。じゃないと全部、これまで積み上げてきたものが壊れますよ」

○ビーグル・コミュニケーションズ・全景(昼)
複合施設のオフィス棟。人が行き交う。

○同・受付ロビー(昼)
悠斗、受付を抜けて奥へ進む。

○同・応接室(昼)
悠斗、立って待つ。ドアが開くと同時に頭を下げる。

悠斗「このたびはご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません! 弊社の情報管理体制に不備がありました」

入室してきたのは、かつて別れ話を代行した田代。田代と悠斗、目が合う。

悠斗「田代さん!」
田代「なんだよ、またあんたか」
悠斗「ビーグルにお勤めとは…」
田代「で、何しに来たんだよ、代行屋さんが。今度はお詫び案件か?」
悠斗「いえ、違います。今日はアクティバソフトの川原として参りました」
田代「ふーん。ま、座ってよ」

二人、応接室のソファーに座る。

悠斗「……もう、代行やめたんです」
田代「星の数、けっこう稼いでたろ?」
悠斗「はい。でも、誰かの人生の代わりを生きてるうちに、自分の顔、忘れそうになって」
田代「代行やってるやつにも悩みあるのな」
悠斗「ま、ほんとは会社に副業バレたのがきっかけですけど」
田代「なんだ、お前だまってやってたのか」
悠斗「ええ、おかげで謹慎くらいました…」
田代「あんなアプリ、どんなやつが使ってるのかっていつも思ってたけど、めちゃくちゃ身近な人が使ってるの知るとさ、色々考えちゃってな」
悠斗「依頼主、10代から60代ぐらいまでいましたから。かなり生活に浸透してますね」
田代「俺さ、あの別れ話されたとき、めちゃくちゃ頭にきたけどさ……よくよく考えるとこの代理店の仕事も本質は同じ」
悠斗「同じ?」
田代「誰かの依頼を右から左にって…良く言えばプロデュース。平たく言えば代行なんだよ。ま、代理店っていうぐらいだからな」
悠斗「………」
田代「自分だけで生きていくってのは、今の世の中、複雑すぎて難しいよな」
悠斗「あの……場違いかもしれませんが……沙耶さんからあの後、お話を色々と聞かせてもらいまして。その、なんて言いますか……束縛が激しかったとか」
田代「なに!?」
悠斗「あ! いや、すいません。出過ぎたことを……」
田代「ま、こういう仕事で溜まった不満とか不自由さを、俺は沙耶に無ぶつけて解消してたのかもしれないな」
悠斗「そうですか……」
田代「俺、お前のことすっごく嫌いだけど、でも結局は似たもん同士なんだよな」
悠斗「……でもこのままじゃダメだって。今日はちゃんと、自分の意思で謝りに来たんです」
田代「一応受け取っとくよ。謝罪も、その気持ちも」
悠斗「であれば…」
田代「ああ、沙耶にもちゃんと謝らないとな」

○アクティバソフト・全景(昼)
多くの人が行き交う。

○同・休憩スペース(昼)
沙耶と水原、ランチをしている。水原はサンドイッチ、沙耶はコンビニ弁当。

水原「最近ちょっと雰囲気変わったよね」
沙耶「え? そうですか?」
水原「なんていうか……前より、生き生きしてる感じ。正直、前カレと付き合ってた時って、無理してる感じあったもん」

沙耶、少しだけ驚く。

沙耶「あんまり意識してなかったけど、そうなんですかね」
水原「うん。最近、よく笑うし、しゃべるし。うちの部署さ、男の人多いから、沙耶とランチできるの、あたしの中でけっこう癒しなんだよね〜」
沙耶(笑って)「それ、社交辞令でもうれしいです」

水原、沙耶の顔を覗き込む。

水原「で、なんかあったの?」
沙耶「んー……ちょっとだけ、自分の人生、取り戻したかもしれません」
水原「何それ」

二人、笑い合う。

○同・会議室(昼)
桐生と、佐伯がデスクを挟んで座っている。

桐生「タスカルで業務を外部委託してた?」
佐伯「……はい。あれもこれも一人じゃ回らなくて……つい」
桐生「佐伯な、会社では扱う情報の全てが機密だ。つい、で済まされる問題じゃないだろう! 新人じゃないんだからわかるだろ? 処分は避けられないぞ。覚悟しておけ」

佐伯、肩を落としながら出口に向かおうとしていたところに、ノックして悠斗が入ってくる。

悠斗「失礼します。部長、少しだけ時間をください」
桐生「なんだ?」
悠斗「私にも責任があります。佐伯さんが背負ってた分、本来は自分の業務でした」
桐生「だからと言って、罪を分け合えば済む問題でもないぞ」
悠斗「でも、佐伯さんは私の抜けた穴を埋めようと……必死だったんです」
桐生「その穴がどれだけ深いものだったのか、河原はちゃんと伝えてたか?」
悠斗「それは……」
桐生「ピンチヒッターで繋ぐ仕事は時にリスクになる。誰かが誰かの代わりを続ければ責任の所在がぼやけるからだ」
佐伯(うつむいて)「すみません……」
桐生「他人から受け取った案件だとしても、それを自分ごととして、自分の意思で進めていく。それが大事だろ?」
悠斗「はい」
桐生「今回の件、佐伯を責めて済ませてしまっては根が絶てない。責任に向き合わない人間ばかりになった組織に未来はないんだ」
悠斗「………」
桐生「ま、もちろんフォローできなかった俺にも非はあるがな」

桐生、悠斗と佐伯の肩に軽く手を乗せて、会議室を出ていく。

○ラーメン屋・外観(夜)
商店街の古びたラーメン屋。通りの人通りはまばら。

○同・店内(夜)
客は少ない。悠斗、一人でカウンター席に座っている。厨房には大将(60代男性)。そこへ矢野が入ってくる。

矢野「まーたここか。変わらねえな、川原」
悠斗(苦笑)「矢野か。まだ通ってたんだ」

矢野、悠斗の隣に座る。

矢野「大将、俺はね……味噌大盛り」
大将「あいよ」
矢野「さっき総務の佐伯さん、死にそうな顔で会社出てったよ。何があったか、だいたい察しはつくけどさ」
悠斗「僕のせいで迷惑かけたよ」
矢野「流出した資料、元はお前が管理してたデータじゃなかった?」
悠斗「うん。開発からの依頼で総務のクラウドに保管してた」
矢野「俺らの方にも、開発資料の取り扱い気をつけろって改めて通達きてたわ。特にあれは『発表前の最重要案件』だって」
悠斗「自分が扱ってる間は慎重にやってたんだけど……謹慎処分受けて、急に席空けることになって。佐伯さんにちゃんとレクチャーがやりきれなかった」
矢野「なるほどな」
悠斗「完全に僕のミスだよ」
矢野「川原ってさ、昔からそうだよな。丁寧なようで、肝心なとこが雑」
悠斗「……」
大将「醤油と味噌ね。おまちどう」

悠斗と矢野の手元にラーメンが来る。箸を割って食べ始める。

矢野「お前さ、ずっと誰かの代わりばっかりやってんじゃん。開発部の時はもっとこう『自分の道をいく!』って感じだったけどな」
悠斗「矢野は全然変わらないからさ。見習わなきゃな」

○公園・ベンチ(夜)
悠斗と沙耶、並んで座る。

沙耶「佐伯さん、処分は?」
悠斗「厳重注意で済んだみたい。部長も少し、分かってくれたのかも」
沙耶「よかった……でもちゃんと自分の口で謝りを認めるってすごいね。……私、あのとき、自分で言えなかったし」
悠斗「僕も同じだよ。誰かの代わりばかりやってて、一番大事な自分のことは何もやってこれなかった」
沙耶「そんなことないよ。悠斗さんも周りから頼られてるし」

悠斗、照れる。

沙耶「代行、今後どうするんですか?」
悠斗「登録解除したよ。ちゃんとこれからは自分のために時間を使いたい」
沙耶「『からあげ』、卒業ですね」
悠斗「うん……ようやく川原悠斗に戻ったのかも(笑)」
沙耶「私も人に頼らないで、自分で動いてみようと思います。祐樹にも連絡とってみます。ちゃんと高梨沙耶として」

○アクティバソフト・全景(朝)
多くの人が出勤してくる。

○同・開発フロア(朝)
悠斗、数年ぶりに開発部のフロアに足を踏み入れる。

悠斗「おはようございます!」

開発部員たちが顔を上げる。その中の一人、田上(28)が声をかける。

田上「川原さん!? お久しぶりです。どうしたんですか?」
悠斗「ちょっと部長に頼んで、しばらくこっちの応援に入ることになってさ」
田上「まじっすか! それは心強いです」
悠斗、少し照れたように笑う。矢野が歩いてくる。
矢野「おお、来たな! 川原にはプランニングサポートとしてしばらく入ってもらうから、みんなよろしくな」
悠斗「矢野ディレクター、よろしくお願いします」
矢野「よせよ。お、ちょうどいま、営業日報と案件管理の連携フローで煮詰まってるところなんだ。UI導線が複雑すぎて、部長からブーイングでさ。何かアイデア頼むよ」

悠斗、田上のデスクのモニタを覗き込む。

悠斗「……うん。この仕様だと、営業が日報を入力して、また同じことを案件管理にも書かなきゃいけない。記録と管理で画面が分かれてるから、手間もストレスも結構かかりそうだね」
田上「あ、それ、まさに昨日言われました」
悠斗「日報を入力したタイミングで、案件情報にも自動反映されるようにした方がいいかも。連携タグで裏から自動で紐づくようにすればどう?」
田上「なるほど! さすがっすね……総務と開発、両方わかってる人はちがうなぁ」
悠斗「いやいや、相当感が鈍ってるから。こちらこそ色々と教えてください」
矢野「(手を叩いて)よーし、みんな朝礼始めるぞー」

○どこかの電線の上(朝)
カッコウ「カッコウのヒナは、よその巣で育てられても、やがてその巣を飛び立って自分の空を見つけるんだよ。オレもそう。この男もきっと誰かが見た景色じゃなく、自分の力で自分の空を探していくんだろうな」

カッコウが飛び立つ。

○街の全景(朝)
人々が動き出す。

(終)

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