「エッセイ」 ー 兄として、父として
こんな日には自分に問いかける。
父であるとはどういうことなのか。
私は独身で、子どももいない。欲しいと思ったこともない。
これまでに二度の事実婚を経験したが、どちらもこの価値観の違いから離れることになった。
現在は母と、5歳の重度自閉症の弟と一緒に暮らしている。
過去に問題を抱えたこともあり、家族の存在を大切にするようになった。
それが一人暮らしを選ばなかった理由のひとつだ。
弟と私は同じ父を持つが、彼はもう3年ほど一緒に暮らしていない。
正直に言えば、父に対して複雑な思いがある。
どんな関係にも両面があることは理解しているが、それでもためらいながら気持ちを共有する。
本当は映画やドラマに出てくるような父が欲しかった。
愛情深く、優しく、近くにいてくれる存在。
だが、私が抱く感情はその正反対だ。
だから私は「父とは何か」を知らない。
血を分け、戸籍に名前があるだけで、彼を父として認めることはできない。
目を合わせることすらできない。存在そのものに居心地の悪さを感じるからだ。
一方で弟はまだ幼く、無邪気だ。
それでもすでに強さを持っている。
少しでも父と会える時間を楽しんでいる姿を見ると、私は嬉しくなる。
最近、新しい仕事の機会が訪れた。
それは私を前向きにさせる一方で、心の中に葛藤も生んだ。
いつから弟の責任を背負うようになったのだろう。
私はただの兄であるはずなのに、父の代わりのように日々を共にしてきた。
この3年間、父がいない家で弟と過ごす時間はとても濃密だった。
学校から帰ってきて抱きついてくる弟。
その日の出来事を話し、ふざけ合い、笑い合う。
週末には母と一緒に出かけたり、家で弟が動画で覚えたことを見せてくれたり。
「見て、できたよ!」と私に見せたがるその瞬間が、日常になった。
近い将来、私は新しい生活へと踏み出す。
その前からすでに、弟と離れる痛みを感じている。
いつから父の役割を担うようになったのか分からない。
家で唯一の男性として、弟が見て学ぶ存在になっていた。
彼と一緒に新しいことを経験し、成長を見守ってきた。
私はただの兄なのに、父のように感じてしまう。
離れることを考えるだけで胸が締め付けられる。
この過程で、いつしか「父になる」という考えが頭をよぎった。
子どもが成長する姿を近くで見守り、歩みを共にする。
「父だ」と呼ばれる存在になること。
その意味を学びたいと思うようになった。
まだ時間はあるが、未来への一歩を考えるだけで心は重くなる。
痛みを抱えながらも、自分の役割を受け入れ、前に進まなければならない。
短い間でも父のように振る舞った経験は、私にとって大切なものだ。
それでも「父」という言葉の意味を理解したとは言えない。
いつかその答えを見つけたい。
もしその機会が訪れなくても、少なくとも私は「父ではない」という現実を知っている。
