レシートだけ残して、一日は見なかった
財布を軽くしようと思っただけだった。
夜、テーブルの上に財布を置いて、中身を少し出した。小銭が八十三円。ポイントカードが二枚。使っていない診察券。いつ入れたのかわからない安全ピン。あと、レシート。
折れていた。
きれいに折った記憶はない。たぶん財布の中で勝手に折れた。小銭入れの横で、何日かかけて押しつぶされて、角だけ丸くなっていた。財布の底には、レシートの白い粉みたいなものが少しついていた。紙なのに、少し疲れた顔をしている。紙に顔はない。ないけど、あのレシートにはあった。コンビニのレジ横で袋に入れられず、財布に雑に押し込まれた人の顔だった。
スーパー。コンビニ。ドラッグストア。もう一枚、コンビニ。
またコンビニか、と思った。
コンビニは何も悪くない。むしろ助けてもらっている。夜でも明るいし、レジの人はだいたい淡々としているし、棚はいつもちゃんと棚をしている。こっちの生活がよれている日でも、コンビニだけは平気な顔でおにぎりを三角に並べている。
でも、レシートの上にコンビニが二回出てくると、少しだけ責められている気がする。
何を買ったのかを見る。
カフェラテ。チョコ。菓子パン。あと、なぜかリップクリーム。
リップクリームは家に三本ある。洗面所に一本、バッグに一本、会社の引き出しに一本。なのにまた買っている。唇が乾いていたのではなく、たぶん自分の段取りが乾いていた。そういうことを言うと急にうまいことを言った人みたいになるので、今のは忘れたい。
とにかく、買っていた。
大きな買い物ではない。金額だけ見れば、怒るほどでもない。反省会を開くほどでもない。家計を揺るがすほどでもない。むしろ、どれも生活の中に簡単に紛れ込める値段だった。
だから見たくなかった。
大きな失敗なら、私は案外ちゃんと向き合える。少なくとも向き合っているふりはできる。高いものを買った時は、「長く使うから」と言える。失敗した時は、「勉強代」と言える。予定が崩れた時は、「まあ経験」と言える。そういう言葉は、なぜかすぐ出てくる。生活の防災グッズみたいに、心のどこかに常備されている。
でも百八十円のカフェラテには、あまり言い訳がつかない。
飲みたかったから買った。
それだけでいいはずなのに、それだけでは少し足りない。
本当は、飲みたかったというより、手に何か持っていたかった。駅までの道を、空の手で歩くのがなんとなく嫌だった。スマホだけ握っている自分が、いかにも一日を取りこぼした人みたいで、冷たいカップを持っていれば、まだ何かを選んだ人の形になれる気がした。
そんなこと、誰にも言えない。
「カフェラテ買っちゃった」
これは言える。
「飲みたかったわけじゃなくて、手に何か持ってないと、自分が今日どこにいたのかわからなくなりそうで」
これは言えない。
言ったら、相手はたぶん少し困る。こちらも困る。カフェラテも困る。カフェラテはただ飲まれたかっただけなのに、急に人間の面倒くさい部分を背負わされる。かわいそうだ。紙コップにそこまでの仕事をさせてはいけない。
だから言わない。
言わないまま、レシートを見る。
金額を見る。店名を見る。時間を見る。時間を見るのが一番嫌だ。何時に何を買ったかが残っていると、その時の自分の雑さまで少し戻ってくる。
朝の菓子パン。
好きなパンではない。食べたいパンでもない。棚の前で「これでいいか」と思って取った。これでいいか、で選ばれたパンは、袋の中で最初から少し諦めている。パンに失礼だと思う。でも私も朝からそんなに礼儀正しく生きていない。
夕方のドレッシング。
家にあった気がした。でも店では、切れていた気がした。気がした、だけで買った。家に帰ったら、冷蔵庫のドアポケットに同じ味のものが立っていた。しかも半分以上残っていた。
古いほうのキャップには、少しだけ茶色い液が固まっていた。新しいほうは、まだラベルがつるっとしている。新しいほうを後ろに置くか、前に置くかで五秒迷った。
その五秒が嫌だった。
人生の大事な選択ではない。ドレッシングの前後である。なのに、その五秒に、自分の生活の見えてなさが全部出ていた。冷蔵庫の白い光が、妙に正直だった。ドアポケットはいつも少し冷たい顔をしている。こちらの事情を聞かずに、同じボトルを二本並べてくる。
こういうことは、人に話しにくい。
話したところで、「あるある」で終わる。
あるあるで終わるならまだいい。「疲れてるんじゃない?」と言われると急に大げさになる。「休みなよ」と言われると、休めていない自分までついてくる。「ちゃんと管理したら?」と言われると、もう何も言えない。管理。そう、管理。私は管理しているつもりだった。
家計簿アプリを入れている。
入れている、という事実がある。
これはなかなか強い。スマホの中に、ちゃんとしようとした私がいる。アイコンもやさしい色をしている。丸っこくて、怒鳴らなさそうな顔をしている。最初の三日くらいは入力した。コンビニ、スーパー、交通費。カテゴリも選んだ。カテゴリを選ぶと、自分の生活を少し上から見ている気がする。
食費。日用品。交際費。その他。
その他、というカテゴリはずるい。人間のだいたいのだらしなさを飲み込める。カフェラテも、チョコも、リップクリームも、気持ちも、全部その他に入れたくなる。
四日目から、アプリは通知だけになった。
「今日の支出を記録しましょう」
知っている。
記録したほうがいいことくらい、こっちも知っている。記録したら見える。見えたら整うかもしれない。来月の自分が助かるかもしれない。そういうことは全部わかっている。わかっているから、レシートを残している。
残しているだけで、まだ逃げていない顔ができる。
私はレシートを財布に戻す時、少しだけ真面目な人になる。あとで入力する人。あとで見返す人。あとでちゃんとする予定がある人。
予定はえらい。
実行していなくても、予定があるだけで少しまともに見える。玄関の紙袋も、あとで片付ける予定があるからまだ散らかりではない。洗面所の詰め替え用シャンプーも、あとで入れる予定があるからまだ放置ではない。返信していないLINEも、あとで返す予定があるからまだ無視ではない。
あとで、という言葉は便利だ。
便利すぎて、生活のあちこちに貼ってある。冷蔵庫にも、洗面所にも、バッグの底にも、スマホの通知にも貼ってある。剥がそうとすると、少しベタつく。
レシートもそうだった。
あとで見る。あとで入力する。あとで反省する。あとで捨てる。
あとでは、たいてい来ない。
来ないまま、レシートは財布の中で折れる。角が丸くなる。印字が薄くなる。コンビニの名前だけが妙にはっきり残る。何を買ったかより、どこで買ったかだけが残る。人間もそういうところがある。何をしたかは曖昧なのに、どこでごまかしたかだけ覚えている。
レシートだけ残して、一日は見なかった。
そう思った時、少しだけ嫌だった。
嫌だけど、すごく嫌というほどでもない。ここがまた嫌だ。大きく落ち込めるならまだ形になる。日記にも書けるし、誰かに話せる。けれど、これはそこまでではない。百八十円のカフェラテと、二本目のドレッシングと、入力されなかった通知の話だ。小さい。小さすぎる。小さいから、毎日通れる。
小さいものは、生活の中で強い。
テーブルの上に、レシートを並べてみた。
そんなことをしても何も解決しない。むしろテーブルが汚くなる。細長い紙が四枚並んでいるだけで、部屋が少し会議室みたいになる。議題は、私のだらしなさ。出席者は私と財布。財布は黙っている。いい財布だ。余計なことを言わない。小銭だけたまに音を立てる。
スーパー。コンビニ。ドラッグストア。コンビニ。
一日が、店名で区切られていた。
朝、菓子パンを取った。昼、カフェラテの蓋を閉め損ねて、親指に少しついた。夕方、ドラッグストアで洗剤の匂いを嗅いだ。どれでもいいのに三種類見た。夜、またコンビニに寄って、必要ではないチョコを買った。
必要ではないものを買う時、私はだいたい早い。
迷っているふりはする。棚の前に立つ。パッケージを見る。値段を見る。新商品らしい小さい文字を見る。でも、本当はもう買うことが決まっている。買う理由を探しているだけだ。
そういうところも、人に言いにくい。
チョコが好きだから買った。カフェラテを飲みたかった。ドレッシングを切らしていた気がした。全部、間違いではない。間違いではない言い方は、だいたい本当の少し手前で止まっている。
その少し奥にあるものは、あまり見せたくない。
今日、自分の生活の中にあまりいなかった気がする。
これは重い。
カフェラテに対して重い。チョコにも重い。リップクリームにいたっては完全に巻き込まれ事故である。三本家にあるのに四本目として買われたうえに、生活の不在まで背負わされる。リップクリームは乾燥を防ぐ道具であって、人間の空洞を埋める棒ではない。
だから言わない。
言わないまま、レシートを見ている。
その夜は、少しだけ誰かに話したくなった。
相談したいわけではない。答えが欲しいわけでもない。節約術も、家計簿の続け方も、在庫管理のコツも、いまは欲しくない。欲しくないと言いながら、あとで検索するかもしれない。検索欄に「家計簿 続かない」と打って、途中でやめるかもしれない。そういうところがまた嫌だ。嫌だけど、たぶんやる。
ただ、言いたかった。
「これ、ただのレシートなんだけど」
そこから始めても、すぐ片付けないでくれる誰かがいたらいいと思った。
「捨てなよ」と言わない人。
「わかる」と急いで畳まない人。
「ちゃんとしなよ」と正しい棚に戻さない人。
正解をくれる人ではなくて、折れた紙を一度だけ机に置かせてくれる人。もしくは場所。人じゃなくてもいい。ノートでも、下書きでも、誰にも見せないメモでもいい。スマホの白い画面でもいい。投稿するかどうか決めていない文章でもいい。
それで生活が変わるわけではない。
翌日から家計簿が続くわけでもない。コンビニに寄らなくなるわけでもない。冷蔵庫のドレッシングが一本にまとまるわけでもない。そんなに都合よく整ったら、それはそれで怖い。ドレッシングくらい二本あってもいい。いや、よくはない。でも裁判にかけるほどではない。
ただ、捨てる前に一度見る。
財布の底に残った白い粉を指で払って、また少しだけ散らす。折れた角を伸ばそうとして、別の折り目をつける。そういう程度のことだった。
小銭入れの横。
印字の薄い店名。
角の丸くなった紙。
アプリの通知。
冷蔵庫に二本立ったドレッシング。
こういう小さいものが、私より私の一日を覚えている。
テーブルの上のレシートは、しばらくそのままだった。
合計は出さなかった。合計を出すと、また別の反省が始まる気がした。私は数字ではなく、並び方を見ていた。朝から夜まで、私がどこで自分を雑に扱ったのかを見ていた。
スーパーのレシートは少し長かった。コンビニのレシートは短い。ドラッグストアのレシートは、下のほうにポイントの案内が長くついていた。ポイントはいつも前向きだ。何ポイント貯まりました。次回使えます。また来てください。私よりずっと次回を信じている。
スマホが光った。
家計簿アプリの通知だった。
「今日の支出を記録しましょう」
知っている。
本当に知っている。
でも、その日は開かなかった。
開かない代わりに、レシートを一枚だけ手に取った。コンビニのものだった。カフェラテとチョコ。買った時間は二十一時すぎ。夜に買った甘いものは、朝の自分に見られたくない顔をしている。
私はそれを捨てようとして、やめた。
理由はよくわからない。
未練ではない。記録でもない。反省でもない。たぶん、まだ見終わっていなかった。紙一枚を見るのに、こんなに時間がかかると思わなかった。普通は捨てる。普通なら捨てる。普通という人は、いつもこういう時に仕事が早い。
数枚は捨てた。
スーパーとドラッグストアのレシートは捨てた。ゴミ箱の中で、レシートは裏返って、急にただの白い紙になった。財布は少し薄くなった。小銭入れの横にすき間ができた。ちゃんと整理した人みたいな気分が、ほんの少しだけした。
でも、軽くなった感じはあまりしなかった。
一枚だけ残した。
コンビニのレシートだった。
印字はもう少し薄くなっていて、カフェラテの文字だけ読みにくかった。チョコの名前は、なぜかはっきり読めた。そういうところも気に入らない。隠れてほしいものほど残る。
私はそれを、また財布に戻した。
戻した時点で、何も解決していない。
家計簿アプリは開いていない。明日もたぶんコンビニに寄る。冷蔵庫のドレッシングは二本のままだし、玄関の紙袋もまだいる。財布は少しだけ薄くなったけれど、私の生活が急に整ったわけではない。
ただ、戻す前に一度だけ見た。
それだけだった。
小銭入れの横で、レシートはまた折れた。
今度は、さっきと少し違う角度で。
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