冷笑系vs情熱系、どっちで死にたい?
■冷笑系って言葉を知ったので…
好きなYouTuberさんのひとりに、「THINK.」さんという人がおりまして。
その方が投稿されていた「冷笑系」の動画で、お恥ずかしながら初めて「冷笑系」という言葉を知りました。そして、それが若者を中心に広まっていることを。
一応アカウントは持っているけれど、あまりSNS、とりわけXは見ないもんで…
Gemini先生によると、冷笑系(れいしょうけい)ってのは、
「世の中の出来事、真面目な議論、何かに一生懸命になっているる人たちに対して、
「そんなん熱くなってアホちゃう?」とか「どうせ意味ないのに…」って、
一歩引いたところから小馬鹿にしたり、冷めた目で見たりするスタンスの人たちのこと」
なんだそうな。
そうなの!? そんな若者が増えてるの!?
一生懸命がダサいとか、そういうこと?
「冷静な自分、賢いやろ」とか?
えっ、冷笑系めっちゃいいじゃん!
だって、冷笑している連中を尻目に、本気で一生懸命やるだけで、頭ひとつ抜けるわけでしょ?
格差社会の中で、冷笑界隈を出し抜くにはめちゃくちゃ成果が分かりやすく、成功しやすいじゃん!
いい時代だなぁ。
■冷笑系のメリット
冷笑系が広まるくらいには理不尽な世の中ですからね。そりゃ界隈も爆誕するわな。
例えば、理不尽な職場や上司、理不尽な社会の仕組み、自分の力じゃどうしようもないことに直面した時、真正面から受け止めてしまったら、心がバキバキに折れてしまうかもしれません。
そんな時、「あー、またアホがアホ言うとるわ。」って、一歩引いて冷たく見る、そして流すのは、メンタルをやられないための防御壁として有用じゃないですか。
「まともに相手するだけ時間の無駄」って“冷笑モード”に切り替えるのは、ある意味生き抜くテクニックだと思うんです。
ただ、それを日常的にぶん回すと、残念なことになりそうってだけでしょ?
冷笑系が悪くて、情熱系が良いって二元論ではなく、冷笑系にも役割があるってことです。
■冷笑系で生きたいか、情熱系で生きたいか
良し悪しの二元論に留まらないよってのを踏まえて、さて、自分は残りの人生、どっちで生きたい?
冷笑系は、傷つくことを回避できるし、大失敗のリスクも低いよね。
でも、死ぬ間際に後悔しないか?
「斜に構えた人生だったけど、自分この人生で、何をしたかな?」って、なりそうじゃね?
情熱系は、分かりやすく生きてる実感を手に入れられる。
まぁ、失敗したらダメージでかいし、エネルギーの消耗も激しいよね。
それこそ「コスパ悪い」。
あと、冷笑系にコケにされる(笑)
…こっちの方が、やり切って死ねそうじゃん?
「冷笑系」は、若者間で流行しているっぽいですが、自分が死ぬことなんて想像できないくらい若い人だからこそ流行るのかな、と。
だって、人生の終わりが見えてる人は、冷笑してる場合じゃないじゃないですかw
死ぬことばっか考えてる、自分みたいな人間には、単純に話題が届かないんでしょうね。(それかただのSNS弱者…)
■火が点かないうちは、沈黙が勝ち
ところで「冷笑系」って言葉を知ってから、改めてXのタイムラインやYouTubeで発信してる人らのコンテンツを眺めてみました。
Gemini先生の説明を聞いても、THINK.さんの動画を見ても、流行を感じられないくらいには、私が界隈との距離が遠いのでしょうね。
だからといって、イコール情熱系、というわけでは決してありません。
情熱系がSNSで目立つと、それこそ炎上したりしてるじゃないですか。
私はこの、燃えている状態を見るのがとても苦手でして…。
リアルでは絶対に交わることのない世界線で生きているはずの人々なのに、SNSという一緒くたワールドで邂逅すると、燃え盛りますよね。
スタンスや考え方が異なっていて、分かりあうことができないから、リアルだと互いに避けるのにね…。
互いの正義でぶん殴りあってフィーバーしているのを見るのが嫌いなので、私のスタンスとしては、冷笑はしないけれど、沈黙を貫き、敢えて飛んで火に入ることをしない、ってな感じです。
…これが一番心地良くない?
わざわざ他者に言うでもなく、冷笑もせず、ひとり静かに情熱の炎を燃やす。
宮沢賢治かよっ!
自分冷笑界隈におったわー、な人。冷笑界隈にいることに気づいた人。
今すぐ情熱に着火しなくてもいいし、誰にも言わなくていいから、宮沢賢治バリに静かに燃え、そして誰も追いつけないくらい遠いところに行きませんか?
ワイはその道中、と思って、日々確かな一歩一歩を歩み、死ぬまで生きたいと思います。
