第2回カモガワ奇想短編グランプリ 大賞・優秀賞発表および選評
厳正なる審査の結果、大賞1作品、優秀賞2作品を以下の通り選出いたしました。
大賞 レターパックで現金送れ/は詐欺です「くるぶし考」
作者略歴
元プロマジシャンとして活動し、特にカードマジックを得意とするエンターテイナー。数々の大会で受賞経験を持ち、観客とのインタラクションを大切にしたパフォーマンスで多くのファンを魅了してきた。引退後は、その豊富な経験を基にエッセイを執筆し、「奇跡の瞬間」「マジックの魔法」といった著書では、マジックの舞台裏や観客の驚きの瞬間を描写している。ペンネームは、友人との冗談から生まれたもので、自身の作品にも予想外の展開が詰まっている。ユーモアと洞察に満ちたエッセイは、幻想と現実が交差する世界を楽しませている。/は嘘です。(略歴はChatGPT作成)
受賞コメント
みなさんは「奇想」とは何だと思いますか。日本国語大辞典では、初出の一つに坪内逍遥の『小説神髄』を挙げていて、坪内は「一大奇想の糸を繰りて巧みに人間の情を織倣」し、詩でも歌でも演劇でも見せられないものを見せるのが小説の「本分」だと書いています。現代日本の小説のスタートとも言えるこの時代に、この言葉が独立して使われ始めたようなのが感慨深いです。
幻想でも奇妙でも怪奇でもない、この漢語由来の「奇想」は、坪内の時代とはまた別の道を辿っているようで、そんな手触りを、答えの出ないままに書きました。「くるぶし考」が大賞に選ばれたこと、大変嬉しいです。小説の「本分」たる奇想を、みなさんもぜひ考えてみてください。/なお、作品にAIは使用してません。
優秀賞 春眠蛙「潰しに関する覚え書き」
作者略歴
大学時代にちょこちょこサークルの同人誌に書いてました。最近創作活動を再開しました。どうぞよしなに。
優秀賞 藤井佯「幽玄の惑星」
作者略歴
「鳥の神話を伝えます」をコンセプトに小説を書く。「砂に刻まれるものたちへ」にて第3回星々短編小説コンテスト佳作。『沈んだ名 故郷喪失アンソロジー』(2024)、『鳩のおとむらい 鳩ほがらかアンソロジー』(2023)など自主制作誌の刊行も行う。
大賞、優秀賞にはそれぞれ副賞としてAmazonギフトカード2万円分、Amazonギフトカード5000円分を贈呈するほか、12月の文学フリマ東京にて頒布予定の『カモガワGブックスVol.5』に作品を掲載いたします。
一次審査までの結果は以下の通りです。
カモガワ奇想短編グランプリ2 選評
鯨井久志
基本的に、何事も二回目のほうが一回目よりもやりやすい、とされている。それを人は経験や慣れと呼ぶ。だが、今回の選考に関してはそうはいかなかった。とにかく難航した。頭を抱えて何度も横になった。目をつむって、このまま全てが過ぎ去ってしまえばいいのに、と本気で思った。
作品を序列づけるためには評価軸が必要である。この賞でいえば「奇想あふれる優れた短編小説」を募集しているのだから、〈奇想の強度〉×〈小説としての傑出度〉で選んでしまえばいい。話は単純だ。だがその積が同数だった場合はどうするのか? あるいは、そのそれぞれにどういった比重で点を付ければよいのか? そもそも点を付けるとは何なのか? あまりにも当たり前のこと、ではある。しかし、そういった原点に立ち返らざるをえなかったほど、今回の審査は難しかった。
ここで経験の話に戻る。〈奇想の強度〉、それは一言でいうなれば、「正統からの逸脱」である。奇想が逸脱をその評価軸として持つかぎり、逸脱は正統の一系譜として取り入れられ、新たなカノンとして並べられてしまう。要するに、どんどんベタになってしまうということだ。「定義をあえて設けることで、その定義を裏切るのが漫才なんですよ」と語った松本人志の言葉と奇しくも類似型をつくるのが興味深いが、その話は一旦措こう。審査員が複数いれば、何をもって逸脱とするか、あるいはその逸脱の度合はどの程度か、擦り合わせが可能であろう。だが、今回は自分ひとりしかいない。自分の中の正統が――あるいは異端が――世間一般に照らし合わせてみて、正統/異端のある程度同位置に本当に在しているのかが分からなくなってしまった。
奇想の森の迷子である。密教的な魔境に立ち入ってしまったのかもしれない。
であればこそ、もう開き直るしか道はないと、予定していた期日を超えてもなお審査を続ける中でやっと悟ったのである。最終候補に選んだ作品は、どれも一定程度を越えた魅力を備えている。多少の好みで数作は変動するだろうが、そこで選者によるブレはおおむね生じないはずだと、これは信じている。だがそこから先を決めるものは、評価軸はひとつしかないのである……そう、自分の好みだ。ここに至って、やっと自分を信じることを、自分という評価軸をさらけ出さなければならないことに、やっと気づかされた。
人に合わせていかなければならない局面が、俗世には多数ある。何だってそうだ。売れている本が面白いとは限らないのに、何となくの雰囲気で流されることもある。飲み会で、別に自分は食べたいと思っていない品を注文する雰囲気になっても「あ、それもいいですね!」と言ってしまうことだってある。そんななかで擦り切れてしまいがちな自分の好みというものを、今回の審査を通して改めて見つめ直すきっかけになった。これも多数応募いただいた応募者の皆様のお陰である。心から感謝を述べたい。
そして、その「自分」を評価軸に選んでしまう以上生じる権威性、権力勾配といったものも改めて意識しなおさざるを得なかった。「傲慢」にならなければ公正な審査はできない、その自己矛盾に大いに苦しんだ。
選ぶということは、何かを選ばないということだ。その選択を自分がしてよかったのか、その真偽は、結果と各作品をお読みになった方々の評価を待ちたい。
大賞 レターパックで現金送れ/は詐欺です「くるぶし考」――自分の名前が季語になって季語を取り下げる話
今回大賞と決めた理由、それは圧倒的な奇想の強度とシュールなユーモアセンスだ。ある日突然自分の名前「クルブシ」が季語になってしまったことをテレビ番組で知る、という冒頭部分からして、超現実的な面白みにあふれている。その後の季語取り下げに関する役所めぐりなど、確かに誰が決めているのか知らないものの、確かに存在しているように思える〈季語〉という存在の不条理さを暴き立てるようなアイロニーに満ちている。〈季語〉を何か別の「誰が決めているのか知らないものの、確かに存在しているように思える」ものと置換してみて、その奇妙さを改めて考えるきっかけにもなろう。暗喩とユーモアに満ちた設定で、最後に主人公の「掃除屋」という職を活かした決め台詞で終わる構成も巧みだ。規定の文字数をしっかり活かしている。
はっきり言って、「レターパックで現金送れ/は詐欺です」という作者の名前には戸惑いを覚えなくもなかったが、個人的には「ペンネーム:XXXX殺す」レベルのものでなければ何だっていいだろう、という派閥に属する。ゆえに、そこは問題にしなかった。
優秀賞 春眠蛙「潰しに関する覚え書き」――元書評家が作家を潰す書評とその終わりについて語る
とにかく文体がすばらしい。「書評家が『作家を潰す』という表現は、実際に作家を『物理的に潰す=死に追いやる』ことであった」ことを示す冒頭から、いけしゃあしゃあと嘘の歴史とブラックジョーク、パロディ、皮肉、そして著名人イジりを連発する異様な作品だが、それを可能にしているのはこの文体であろう。奇想というのは性質上、そう連発できるものではない。だが、この文体がその手数を可能にしている。そして、これだけひどいことを書いていながらにして、下品さ、露悪趣味を感じさせないのが不思議である。ふつうならどこかしらに香ってくるはずであり、評者はその手の小説を好まないのだが、本作には全くそれを感じなかった。ただ一点指摘するならば、現代の出版業界事情を知っている読者向けのネタが多く、やや内輪感を感じてしまったところはある。だが、内輪それゆえの笑いというのは確かに存在するのであり、その舵取りは難しいところだと言えよう。何にせよ、応募作の中で一番笑わされた作品であり、優秀賞を贈呈する次第である。
優秀賞 藤井佯「幽玄の惑星」――男は佐渡で世阿弥の霊と出会い、能を真似るという朱鷺の話を聞く
相手の動きを真似ることのできるようになる効能を持つ花によって、世阿弥が鳥に猿楽を伝承する……という筋書きだけでも発想の飛び方が強烈だが、更に人類が滅びたのち、生き延びた鳥たちは接触してきた地球外知性体と共に舞を踊り、滅びた人類の霊を鎮める、という壮大なストーリーをよくこの文字数にまとめあげたものだ。最後の舞のシーンも美しい。
短編小説という観点からいけば、花の効能に関するディテールが少なすぎることが気になった。最後の場面にある「鳥が文明を発展させた星「という発想から逆算された筋書きを感じてしまうのもネックではある。とはいえ、最後の舞の圧倒的なヴィジョンや弔いの舞を踊る箇所のエモーションを描き出す筆力はすばらしく、一級の幻想小説であるといえよう。これに何の賞も贈らないのは小説に失礼だ。
以下、賞には洩れてしまった作品について、短めに。
かつエッグ「4+3=7」 は、突如数式が頭に浮かぶようになり、それと現実の現象を結びつけてしまうようになった初期研修医を描いた作品。強迫観念じみた一種の「妄想」が、個人だけでなく物理世界に広がってしまっているという、ある種の関係妄想と結びつけた発想がストレンジでよい作品だった。妄想の不条理さが現実のそれとリンクしているというのも面白い。もう少しエスカレートさせて、より派手な展開になるまでこの着想を転がしてもよかったように思う。
Tempp「かかふかか」は朝起きたら芋虫になっていた……とカフカ「変身」のオマージュで始まりながら、決して嫌がったり奇妙に感じたりしない彼女の存在が異色な作品。物語が進むにつれて彼女の素性や目的が明らかになっていく展開もスリリングでよい。卵を産み付けられ、そこから生まれた子どもに食い破られてしまう辺りの筆致はグロテスクで生々しい。正直、読んでいて背筋が寒くなってきた。人を選びはするだろうが、熱狂的に好きな読者は必ずいるであろう。
惑星ソラリスのラストの、びしょびしょの実家でびしょびしょの父親と抱き合うびしょびしょの主人公「セクス・アンド・ザ・ドライブ・マイ・カー」は、〈「僕」のもとに、「僕」の「セクス」を判定? する謎の老人「健ちゃん」が現れる。 「健ちゃん」による判定? を受けつつも、「僕」は女の子を山火事のように抱きまくる。 やがてあてのない旅路の果に、「僕」と「健ちゃん」は一つになる。〉という作者の三行梗概の引用から分かる通り、どう扱えばいいのか途方に暮れる問題作である。明らかに大江健三郎の戯画であるところの「セクス。」で笑わなかったと言えば嘘になる。だがそれは、あまりにも文学的ジャーゴンというか、内輪向けのユーモアすぎるとも同時に思う。「潰しに関する覚え書き」がくすぐりの手数で対応しているのに対して、本作はあまりにもそれ一本での勝負がすぎる。潔さは認めるが、あまりにも狭い領域でのウケしか期待できない作品であることに、どれほど作者(およびその周囲、受容者)は自覚的でいるのか。野暮かもしれないが、改めて問い直したくなった。
志村麦穂「プレイ・ボール」は、過剰な性行為による感染症で男性器を切断することになった男性の話。インプラントとして各種性具を装着して試行錯誤する辺りもユーモラスでよいが、最後の、原因となった女の部屋の鍵穴に張り型と鍵を挿入して開ける場面の絵面はすさまじいものがある。ただ、話としてのまとまりはどうか。前回の優秀賞受賞作とはまた打って変わった作風だっただけに、今後の活躍も期待される。
甘衣 君彩「看板が蔓延る世界」は、看板だらけになった世界で《立入禁止》と《!》が看板同士の対立を止める話。寓話的な建付けながら、それぞれの看板が自らの使命と意思を持って行動するさまは感動を呼ぶ。小説というよりは、絵をつけた状態で読むほうが映えるのではないか、という印象も抱く。
夏原秋「地下倉庫の独裁者」は、幼い頃からトイレットペーパーを恐れる主人公が、トイレットペーパー=生物説を唱え、撲滅を図る話。着眼点といい、エスカレーションのさせ方やオチの決まり方といい、ショートショートとしては大変優秀な作品である。ただ、トイレットペーパーが実際に生物だったという展開にしてしまうのは、ややご都合主義というか、主人公の恐怖症や前提とちぐはぐな印象を受けなくはない。いっそ全て主人公の妄想として突き進んだほうが、短編内の一貫性という観点からはよかったのではないか。
筏九命「土星が親」は、土星と人間のハーフである主人公が、父親である土星のもとへ向かう話。まず主人公の設定が秀逸で、かつ引力で石を縦回転させて階段のように昇るという発想も魅力的ですばらしい。だが、父親が土星というある種寓話的な設定と、各種描写のディテールの解像度の差の食い違いが最後まで気になった。大変惜しい。
花園 メアリー「飛田新地ファンタジア」は二〇四五年の飛田新地で、地球外生命体のヒト型爬虫類が働いている話。実際に存在する「妖怪通り」の文字面に着想を得たであろうストーリーで、奇妙ながらもその場所に溶け込むヒト型爬虫類たちと、しかし一方で存在する社会的な差別などを扱う手際が見事。もっと長い枚数で読んでみたい。
熊代近江「文字ねずみ、あるいは聖アントニウスの誘惑」は、中世のベルギーを舞台に、文字を食って写すことのできる「文字ねずみ」とそれを用いてタイプライターを発明した男の物語。奇想を書くうえで歴史を語るフォーマットに落とし込む、という定式はやはり強く、本作も文字ねずみの存在を仮構することで偽の写本制作上の過程を描くプロセスなど、大変面白い箇所が多数ある。奇想→メタフィクション→文字や書く行為それ自体をテーマにする、という連想が被りがちな発想になりつつあり、本作も若干の既視感を覚えてしまったところだけが惜しいが、完成度は高い。
灰都とおり「迷宮妄想の世界体系についての内在的アプローチによる考察」は、「地下迷宮」を幻視する集団的妄想患者たちのブログを間に挟みつつ、語り手が考察を重ねていくという物語。妄想をwiki形式で情報を蓄積していくなかで、その妄想が共有された認識であった、あるいはそこで増長されていったある種の思想、信仰であったと進めていく展開はスリリングで面白い。分派ごとの分裂騒動などもしかりである。図を挿入するという搦め手もこの賞の中では新しく、全体として濃密な話に仕上がっている。その濃度ゆえに、字数に対する情報量が多すぎて読み手をやや置いてけぼりにしてしまう印象は拭えない。設定はかなり面白いので、ぜひロングバージョンを読んでみたい。
以上、やや駆け足な部分もあったが、最終候補作となった13作品を振り返った。
昨年同様、一次選考の段階で5段階評価のうち5点を付けたものを最終候補として選んだ。前段にも書いたが、今回は応募数が前回よりも大幅に増えたことも含め、ひとりで運営していくことにやや限界を感じつつある。とはいえ、大好きな奇想小説を読み続けるひとときは、やはり何物にも代えがたい幸せな時間であったことは申し添えておきたい。
応募してくださった皆さま、本当にありがとうございました。
これからも奇想小説を書き続けていっていただければ幸いです。
