下手の横好き、私は明日もお弁当を作る
初めての幼稚園の運動会。
緊張で表情がかたく、動きもぎこちなかった息子。
その日の夜、私は息子に「運動会楽しかった?」と聞いた。
息子は少し考えて、「お弁当の時間が楽しかった」と答えた。
この言葉で私はお弁当作りが好きになった。
息子は三歳児の時は人数の少ない幼稚園に通っていたが、四歳で二年保育の幼稚園に転園し、そこで初めての運動会を経験した。
小さな頃の息子は人見知りであがり症、人前で何かをする時はカチコチに緊張していた。
身体を動かすのは好きだったが、不器用なので先生の指示通りに動くことや他の園児たちと動きを合わせることなどは当時の息子にはとても難しく、苦労していた。
運動会当日、早朝から夫は場所取りへ、私はお弁当作り。
当時の息子はかなりの偏食だったので、おかずの
種類は限られた物になったが、大人四人(私の父と母も観覧した)と幼児1人が食べる量を作り重箱三段に詰めた。
料理は得意ではなく、重箱への詰め方も不慣れな
ため、出来上がり図を紙に書いて前日まてにシミュレーションをしておいた。
どうにかお弁当が出来上がり、息子を起こして
朝食、身支度、バス停まで送り、自分も荷物を車にのせて運動会へ。
会場へ着くと、みんな気合いに満ち溢れていた。
夫が取ってくれた場所で園児が入場するのを待つ。
息子は固い表情で、全く余裕の無い雰囲気で入場してきた。
ダンスもかけっこもぎこちなく、グループでボールを運ぶという対抗リレーも深刻そうな顔をしていて、楽しんでいる雰囲気は全く感じられなかった。

お弁当の時間に合流し、みんなでお弁当を食べた。息子は特にはしゃぐでも無く、淡々と食べていたように思う。
最後の演目は「親子でダンス」
私と息子で踊り、無事に運動会を終えた。
その日の夜、「運動会楽しかった?」と私は息子に聞いた。一日中緊張して過ごしたであろう息子にその質問は酷だと思ったが、どうしても気になって聞いてしまった。
息子は「お弁当の時間が楽しかった。好きな物ばかりだったし、おじいちゃんとおばあちゃんとみんなで食べたのが楽しかった」と答えた。
私は思ってもいなかったその言葉に驚いた。
そして一つでも楽しいと思えたことがあって良かったと心からホッとした。
更に、料理が苦手な私が準備したお弁当が役に立ったなんて、そんな嬉しいことがあって良いのか、そんな贅沢な言葉をもらって良いのか、という喜びで心が満たされた。
そして、この瞬間、「私はお弁当作りが好きだ!!」という勘違いをした。
小学校と中学校は給食だったので、幼稚園の最後のお弁当の日はかなり寂しい気持ちになった。
しかし、小学校も中学校も学校の都合や行事などでお弁当を持って行く日がわりとあり、寂しがる必要はなかったと思った。

小学校の運動会のお弁当も重箱に詰め、友達家族と一緒にワイワイと食べた。しかし四年生の時にコロナ禍になり、その後運動会で一緒にお弁当を食べる機会はなくなった。
中学校では水泳部に入り、大会の時のお弁当は好きな物をいれたが、食が進まずよく残して帰ってきた。
それは、息子が強く緊張したことが伝わるサインだった。
高校受験の時は、お弁当の後も眠くならず全力が出せる様に、血糖値やタンパク質を考慮したメニューを息子と一緒に考えた。
息子はこの春から高校生になった。
最初は二段のお弁当箱を持って行っていたが、数日経った頃、「お弁当を食べる時に友達と喋るのが忙しくて食べる時間がなくなるから、残さず食べきれる様に少なくして欲しい」と言われた。
そのお願いは、息子が新しい環境で楽しく過ごせているか毎日心配していた私の心を急速で軽くしてくれた。

これからどれくらい息子とお弁当との思い出を積み重ねていけるのだろう。
おかずのレパートリーは少ないし、詰め方も毎日試行錯誤状態。
しかし毎朝、お弁当を作るのが楽しく、出来上がりを見ては自己満足に浸っている。
下手の横好き、愛情の押し付け状態だか、あの時の息子の言葉から始まった勘違いを信じて私は明日もお弁当を作る。
