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隅っこの席の小さな攻防

喫茶店の二階席は良い、隅の席ならなおのことだ。

――赤羽に住んでいた頃の話だ。

自宅から歩いて行ける範囲にはコンビニくらいしか無かったので、休みの日になると地下鉄に乗って巣鴨まで行った。駅から五分くらい歩いたところに上島珈琲店があって、そこの二階席がお気に入りの場所だった。

チェーン系の喫茶店だと一階は注文や人の出入りでどうしても騒がしくなる。二階に響くのは他の人の話し声と、階段を上がってくる人のコツコツといった足音だけだ。
当時の私はそこで資料を読んだり、自分が書いた文章の赤入れなどをしていた。ノートパソコンも持っていたけれど、電源が取れなかったのでたまにしか持ち込まなかった。

アイスコーヒーを持って二階に上がる。
目当ては一番端のテーブル。
やった、今日は空いている。

――やはり隅っこは落ちつく。
地下鉄に乗って座りに来る甲斐のある、いつもの場所だった。

隅っこの席は一応二人席ではあったものの、資料に囲まれて難しい顔をしている私の横で、座って楽しくおしゃべりしよう、という人は少なかった。
小さいテーブルなので、コーヒーと資料を置いたらあっというまにスペースがなくなってしまう。
コーヒーをどこにおくか、資料を落とさないようにどう積んでどう広げるか、テーブルの上の小さな攻防はいつも白熱していた。

年明けぐらいにいつもの席に陣取っていたら、となりで同じように資料を積み上げている人がいた。
分厚い参考書を何冊も積み上げていて――すぐ横なのでつい目に入ってしまう――国試(医師国家試験)の最後の追い込みのようだ。
当時は医療系の資料をよく読んでいたし、自分と同じように資料を相手に四苦八苦している姿に親近感が湧いた。

試験頑張って欲しい、と心の中でエールを送る。
その日はいつもよりも作業に身が入った。

全体的に静かな二階席だったけど、ちょっと離れた四人席で恋バナや家族、介護のことなどの込み入った話が始まることもあった。具体的な話が聞こえてくるとどうにも気が散ってしまって、資料を読むどころではなくなってしまうこともあった。

上島珈琲店のアイスコーヒーは銅マグで出てくる。
私は普段ホットコーヒー派なのだけれど、銅マグの口当たりが好きでアイスコーヒーをよく頼んだ。

作業をしていて、ふと気付いて銅マグを見ると、水滴がびっしりと付いていて、キラキラとしている。
夢中になりすぎると、水滴を通り越してぬるい常温のコーヒーになってしまうこともあったけど、作業後に飲むぬるいコーヒーはなぜかおいしかった。

そうやって休日は資料を読んだり、あるいは時にはなにもせずボーッとしながら喫茶店の隅で時間を過ごしていた。
優雅な休日、と言うには少々地味だけれど、私にとっては大切な時間だった。

巣鴨のお店はもう閉店してしまったけれど、今もふと思い出す――
テーブルの上の小さな攻防と、銅マグのキラキラを。

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