秋田・羽後町から解き明かす教育の未来。山本温生が見出す「ナナメの関係」の構築プロセスと可能性
今回は、4年生の山本温生(やまもと あつき)。
彼は現在、SFCで地域に根ざした教育の実践から「ナナメの関係の可能性」をテーマに研究しています。特に、秋田県羽後町(うごまち)での高校魅力化プロジェクトに長く携わってきました。
一見、バイタリティ溢れる彼ですが、その原点は「不登校」と「年齢を隠して過ごした高校生活」にありました。
彼がなぜ教育に目覚め、秋田へ通い、そして大学院へと進むのか。そのストーリーを紐解きます。
「人生で一番しんどかった」中学時代と、隠し通した3年間
小学校までは、本当に幸せな6年間だった。

仙台で生まれ、3歳からは東京・世田谷育ち。公立小学校での日々は穏やかで、いじめを見たこともないような平和な環境でした。しかし、中学受験を機に歯車が狂い始めます。
親や周囲の影響で始めた中学受験。
「勉強は向いてなかったし、やらされている感がすごかった」と振り返ります。
第1・第2志望に落ち、最終日に滑り込んだ男子校の中高一貫校。そこからが波乱の始まりでした。

授業崩壊、いじめ、退学者……。
小学校とのギャップが凄まじかった。
自分もいじめられたし、いじめたこともあった。その連鎖の中で、高1で学校に行けなくなって自主退学しました。
人生で一番しんどかった時期を経て、彼は普通の共学の私立高校へ再入学することを決意します。しかし、そこには一つの大きな秘密がありました。
1つ年下の子たちと机を並べることになる。僕はその事実を、高校3年間、友達全員に隠し通したんです。

英検の生年月日欄、PASMOの定期券、学生証。年齢がバレそうになる瞬間を必死にかわしながらの3年間。しかし、その高校生活は「人生2回目」のような感覚があり、人間関係をメタ認知できたことで、これまでの人生で一番楽しい時間になったと言います。
不登校を「未然に防ぐ」ために
彼が教育に本格的に興味を持ったのは、高校在学中。ちょうどコロナ禍と重なり、社会的に不登校が増加している時期でした。
自分が不登校になった時、情報がなくて辛かった。
だから最初は、自分の体験談をブログで発信したり、講演会に出たりしました。

しかし活動を続ける中で、ある違和感を抱きます。「不登校になった後のケア」ばかりが注目されていることへの違和感です。
『適応指導教室』って名前もすごいですよね(笑)。
不登校という言葉自体にもマイナスイメージがある。もっと、未然に防ぐ方法はないのかな? そう思うようになったんです。
早期発見や、学校以外の居場所づくり。そんな問いを抱えていた時、AO入試の塾で出会ったSFCの大学生講師たちの姿に衝撃を受けます。
「大人よりも話しやすい、このお兄さんたちは何なんだ?」それがSFCを目指すきっかけとなりました。
ロシア・ウクライナ研究から、秋田の限界集落へ
SFCは期待をずっと超えてくる場所。
入学当初は国際安全保障(ロシア・ウクライナ戦争など)の研究会に入ったものの、やはり「教育」への想いが捨てきれず、2年の秋から長谷部葉子研究会(長谷部研)の門を叩きます。
長谷部研は、地域に入り込み、その土地の人になりきって分析・実践を行う「参与観察」を重視する現場主義の研究会です。
そこで彼が出会ったのが、秋田県羽後町(うごまち)のプロジェクトでした。
人口1万人ちょっと、最寄駅まで車で30分、電車は1時間に1本。大学もないし、教育格差も肌で感じる場所でした。

彼がリーダーを務めた「羽後高校プロジェクト」は、廃校の危機にある町唯一の高校を魅力化しようという取り組み。
SFC生たちが東京から深夜バスで8時間かけて通い、高校の「総合的な探求の時間」や放課後のワークショップを企画・運営しました。

大学生と高校生の「ナナメの関係」
彼らが現場で実践したのは、単なる学習支援ではありません。「高校生と大学生のナナメの関係」を作ることでした。
親や先生(タテの関係)でもなく、同級生(ヨコの関係)でもない。少し年上の、利害関係のない大学生という存在。
自己探究のワークショップを年10回くらいやりました。
ライフチャートを作ったり、喜怒哀楽を分析したり。
僕たちSFC生にとっては『大学進学』は当たり前の選択肢だけど、彼らの多くは高卒で就職する。
生まれた場所や環境の違いに驚かされながらも、だからこそ『自分を知る』ことの大切さを伝えたかった。
1年間のプロジェクトを終え、彼は卒論のためのインタビュー調査を行いました。そこで意外な事実が判明します。
高校生たち、授業の内容はほとんど覚えてなかったんです(笑)

しかし、彼らが鮮明に覚えていたことがありました。それは、「大学生と話したこと」そのもの。
SFC生と話した思い出が一番残っている。『他の人と話す時に物怖じしなくなった』と言う生徒も多かった。
授業の中身以上に、『大学生という異質な存在』がそこにいることが、彼らの非認知能力(数値化できない力)を伸ばしていたんです。
どんな人とKamoTalkしたい?
次の春からの政策メディア研究科への進学を控え、N高等学校でのTA(ティーチング・アシスタント)も務めながら、この「ナナメの関係」の可能性をさらに研究しているあつき。
最後に、いつもの質問をしてみました。
うーん、やっぱり『教育』に興味がある人と話したいですね。
SFCでは、長谷部先生の定年退職などもあり、教育系の研究会が少なくなってきている。「教育」というテーマで熱く語れる仲間を求めているようです。
あとは、自分が全く興味を持たなかった分野に熱中している人。ドローンとか(笑)。
自分が生きてきて出会えなかった世界を持っている人と話せるのが、SFCの一番の魅力だと思うから。
編集後記

実は、あっちゃんとは1年生の時に同じクラスだったんです。「なんか良いやつだな」とは思っていましたが、まさか年齢を隠していた過去や、そこまでの壮絶な経験があったとは知りませんでした。
「高校の3年間、年齢を隠し通した」というエピソードから始まった今回のインタビュー。
一見ネガティブな「不登校」という経験が、彼の中で消化され、昇華され、今は秋田の高校生たちの背中を押すエネルギーに変わっているのを感じました。
「授業の内容は覚えてないけど、大学生と話したことは覚えている」。
教育の本質は、カリキュラムではなく「人との出会い」にあるのかもしれません。
(杉山丈太郎)
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