不登校の生徒の成績をつけるとき ~先生、その判断で大丈夫?⑭~
「この子、ほとんど学校に来ていないから、成績はつけられないよね」
不登校の生徒の成績をつけるとき、こんな話になることがあります。
保護者の希望により、通知表は空欄。
でも、指導要録には何か入れなければならないから、
「CCCで、評定は1かな」
少なくとも、僕が見てきた学校現場では、このような扱いは珍しいものではありませんでした。
でも、これ、本当に正しいのでしょうか?

学校に来ていないから評価できない?
文科省は、不登校の生徒が学校外や自宅で行った学習についても、一定の条件を満たせば、成績に反映できるとしています。
たとえば、フリースクールで学校の課題や定期テストに取り組んだ場合。
自宅で学校から渡された教材に取り組んだ場合。
こうした学習成果も、学校がその内容や学習状況を把握できれば、評価の材料にすることができます。
つまり、
「学校に来ていないから評価できない」
ではないのです。
では、学校と同じ定期テストを家で受けたら?
その結果も、評価材料として使うことはできます。
もちろん、どのような状況でテストを受けたのかなどを学校が確認したうえで判断する必要はあります。
でも、「家で受けたからダメ」という話ではありません。
僕は数学の成績を、ほぼ定期テストでつけています。
提出物は一切ありません。
授業中の発言などを参考にすることはありますが、中心は定期テストです。
だから、不登校の生徒が家庭で学校と同じ定期テストを受け、それを評価材料として使えるのであれば、僕はそのテストを見ます。
不登校だからといって、
「ワークを出してください」
「レポートを書いてください」
と、普段の生徒には求めていないものまで提出させる必要はありません。
どこで見とる?
ただ、一つ問題があります。
現在の成績には、
「知識・技能」
「思考・判断・表現」
「主体的に学習に取り組む態度」
の3観点があります。
定期テストから「知識・技能」や「思考・判断・表現」を見取ることはできます。
では、
「主体的に学習に取り組む態度」は?
授業には来ていない。
家で勉強しているところを見ているわけでもない。
提出物もない。
それなら、判断できないこともあります。
でも、ここで、
「じゃあCにしておこう」
としてはいけません。
なぜなら、「評価できない」と「できていない」は、まったく違うからです。
Cは「努力を要する」という評価です。
つまり、その生徒の学習状況を見たうえで、「この観点については、まだ十分ではない」と判断した結果です。
でも、そもそも判断する材料がないのなら、「努力を要する」のかどうかすら分かりません。
評定も同じ
これは評定も同じです。
不登校でテストを受けていない、授業にも出ていない、学校外での学習成果も確認できない……。
だから、CCC。そして評定1。
これでは、「分からない」を「できていない」に置き換えているだけです。
文科省は、不登校の生徒について、十分な評価材料がない場合には、必ずしもすべての教科・観点について観点別評価や評定を記載する必要はないとしています。
これは通知表だけではありません。
指導要録についても同じです。
「要録だから何か入れなければならない」という理由でCCCや1をつける必要はありません。
評価できるものは、評価する。
学校の外で学んだものでも、確認できるなら評価する。
反対に、判断する材料がないものは、無理に評価しない。
成績は、学校に来た日数を表すものではありません。
その生徒が、その教科でどこまで学んだのかを表すものです。
だからこそ、
「評価できない」と「できていない」は、同じではありません。
不登校の生徒の成績をつけるとき。
まず教師が間違えてはいけないのは、ここではないでしょうか。
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