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悪役令嬢転生MBA~趣味は事業再生、特技は市場分析ですの~21

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21・第十八章:海鮮男爵

意識が、温かい光の中に、ゆっくりと浮上していく。
エリザベートが最初に感じたのは、上質なリンネルの、肌触りの良い感触と、窓から差し込む陽光の暖かさだった。
「…お嬢様…!」
「エリザベート様!」
聞き慣れた、二人の声。
彼女が、重い瞼をゆっくりと持ち上げると、そこには、涙でぐしゃぐしゃになったセバスチャンと、やつれた、しかし、心の底から安堵した表情を浮かべたレオンハルトの顔があった。

「…ここは…?」
「王城の、賓客室にございます」
セバスチャンが、震える声で答えた。「あなた様は、あの後、丸二日、お眠りになっておいででした」
「二日も…」
レオンハルトが、声を荒げた。その声は、叱責というよりは、むしろ悲痛な叫びに近かった。
「…あの絶体絶命の状況で、全てを、たった一人で背負い込んで…。倒れるまで、戦い続けるなど…! どうか、もっと、我々を頼ってください!あなた様は、もう、一人ではないのですぞ!」
その、心からの言葉に、エリザベートは、弱々しく、しかし、確かに微笑んだ。
そこへ、扉が静かに開かれ、イザベラが入ってきた。その瞳もまた、泣き腫らしたように、赤く縁取られている。
「…目が覚めたのね、この、命知らずのお姫様」
彼女は、ぶっきらぼうにそう言うと、ベッドサイドの椅子に腰掛け、エリザベートの手を、そっと握りしめた。「本当に、心臓が止まるかと思ったわよ。二度とこんな真似はしないで」
その手の、確かな温かさ。
エリザベートは、悟った。
(――ああ、そうか。私が、命を賭けて、守りたかったものは…)
それは、ビジネスの成功でも、名誉でもない。
この、自分を想ってくれる、温かい人々の心だったのだ、と。

彼女たちは、エリザベートに、眠っている間の出来事を語った。
クラウディアと、その父ヘルナー子爵は、王家の名において拘束され、裁きを待つ身であること。アルフレッドは、民衆の支持を失い、王都から姿を消したこと。そして、オルデンブルク公爵は、完全に回復し、今や、エリザベートの最大の支援者として、宮廷内で彼女の功績を説いて回っていること。
全ては、終わったのだ。

その、さらに三日後。
完全に回復したエリザベートは、父ダリウスと共に、王城の最も格式高い一室、「翠玉の間」に召し出されていた。
国王陛下が、宰相をはじめとする数名の重臣だけを伴い、親しく裁定を下すための特別な場所だ。

「――リヒトハーフェン嬢。そなたの功績は、誠に見事であった」
国王の、厳かな、しかし、どこか温かみのある声が、部屋に響いた。
「よって、そなたに、首謀者への罰を決定する権利を与えよう。ヘルナー子爵家を、どうしたい?望むままを申してみよ」
それは、エリザベートへの、最大の信頼と賞賛の証だった。
父ダリウスが、ゴクリと息をのむ。

しかし、エリザベートは、迷うことなく、静かに首を横に振った。
「陛下。私は、ヘルナー子爵家への、寛大なるご処置を嘆願いたします」
「…なんと?」
「クラウディア・フォン・ヘルナーの商才は、疑いようもなく、本物です。その稀有な才能を、この国から永遠に失わせてしまうのは、王国にとって、あまりにも大きな損失です」
彼女は、誰もが想像すらしなかった提案を、こともなげに口にする。
「つきましては、陛下に、一つのお願いがございます。ヘルナー商会の監督権を、一時的に、我がリヒトハーフェン家にお預けいただけないでしょうか。そして、クラウディア嬢には、罰として、私の下で働くことをお命じください。彼女には、真の商道徳と、事業を通じて社会を豊かにするという、本当の意味での『価値創造』を、学んでいただくのです」

その、あまりにも鮮やかで、そしてどこまでも合理的な一手。
国王は、最初、呆気に取られていたが、やて、その口元に、抑えきれない笑みが浮かんだ。
「――く、ははは…!面白い!実に、面白い娘だ!」
国王は、腹を抱えて笑った。「よかろう!その前代未聞の提案、聞き届けた!」

そして、国王は立ち上がると、厳かな声で、高らかに宣言した。
「エリザベート・フォン・リヒトハーフェン。そなたに、個人の功績を称え、新たな爵位を授ける!」
父ダリウスの目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。

「そなたがもたらした海の至宝と、その比類なき先見性を称え、これより、そなたを男爵に叙する。――今日この日より、そなたは、エリザベート・フォン・リヒトハーフェン『海鮮男爵(シーフード・バロネス)』と名乗ることを許す!」

その言葉は、エリザベートの心に、不思議なほど、静かに染み渡っていった。
(――梓さん。見てる?あなたの知識は、あなたの無念は、決して、無駄じゃなかった)
前世、長谷川梓として、誰からも認められず、ただ、無念のうちに潰えていった、あの三十年の人生。
その全てが、今、この瞬間に、報われたような気がした。

王の私室を退出した後、エリザベートは、廊下で待たされていたクラウディアと対峙した。
クラウディアは、全ての誇りを剥ぎ取られたように、青白い顔でうつむいている。
「…なぜ」
絞り出すような声が、静かな廊下に響いた。「なぜ、私を破滅させなかったの…?その方が、あなたにとっては、良かったはずでしょう…!」

エリザベートは、静かに答えた。
「価値ある資産を、感情論で破棄するのは、悪手だからよ」
その声は、冷たくも、温かくもなかった。ただ、事実を告げる、ビジネスパーソンの声だった。
「あなたの才覚は、本物よ、クラウディア。けれど、あなたの戦略には、長期的な視点(ビジョン)が欠けていた。…明日から、私の下で働いてもらうわ。そして、一緒に、あなたの商会や、私の小さな工房よりも、もっとずっと大きなものを、創りましょう」
クラウディアは、屈辱に唇を噛みしめた。しかし、それと同時に、彼女の瞳の奥に、ほんのわずかな、未知への光が宿ったのを、エリザベートは見逃さなかった。

父と共に、王城の長い廊下を歩く。父は、ただ、おいおいと泣き続けていた。
エリザベートは、大きな窓から、眼下に広がる王都の街並みを見下ろした。その手には、国王から賜ったばかりの、新しい爵位の証書が握られている。

(――海鮮男爵)

それは、ただの称号ではない。
私が、長谷川梓の知識と、エリザベートの人生で、初めてゼロから創り上げた、誰にも真似できない『ブランド』そのものだ。
その胸に宿るのは、未来への、限りない希望だった。

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金森努@マーケティング・研修講師/コンサルタント ありがとうございます! これからも頑張ります。