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小説・悪役令嬢転生MBA ―追放から始まる国家再建、その損益分岐点について― 3

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第3章:現場の拒絶とPDCA ―知識が『汗』に変わるまで―


 「――却下だ。お嬢様、あんたは鉄の熱さを知らねえ」

 リヒトハーフェン領に唯一残された、煤(すす)けた鍛冶工房。その主である老職人、バルカスは、私が差し出した図面を一瞥しただけで、無造作に地面へ唾を吐いた。

 私が提案したのは、シュリンプを新鮮なまま王都へ運ぶための「低温魔法コンテナ」の試作だった。強固な金属製の箱の内壁に、冷却の魔法刻印を施す。前世の知識で言えば、ポータブルな業務用冷凍庫の魔導版だ。だが、私の「完璧な設計図」は、現場の叩き上げの職人によって、無残にもゴミ扱いされていた。

「バルカス。これは感情論ではなく、数理モデルに基づいた最適解ですわ。この厚みの鉄板に、この術式を刻めば、三日間は零下を維持できる。……何が不満だというの?」

「理屈じゃねえんだよ」

 バルカスは、火床(ほど)から引き出した真っ赤な鉄を鉄床(かなとこ)に叩きつけ、凄まじい火花を散らした。

「魔法刻印ってのは、繊細なんだ。そんな薄い鉄板じゃ、魔力の循環に耐えきれず、すぐに金属疲労を起こしてひび割れる。あんたの言う『効率』とやらは、職人の『命』を削ることと同義なんだよ。……帰りな、学園の優等生さん」

 周囲の若手職人たちも、ニヤニヤと私をあざ笑っている。

 

(……ああ、これだ。既視感があるわ)

 前世の食品メーカー時代。私がどれほど緻密な市場分析と販売戦略を立案しても、工場のライン長や営業のベテランたちは、同じような目で私を見ていた。

『理屈はいいから、一度でも現場で台車を引いてこい。あんたの引いたきれいな線の上を、トラックが走るわけじゃないんだよ』

 あの時、私は彼らを「無知で頑固な、変化を拒む老人たち」だと切り捨てた。そして、孤立し、最後には居場所を失った。あの冷たい会議室で、独り、誰にも看取られずに果てた私の、あの震えるような孤独。

(……同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。私は、あの日から一歩も進んでいないのかしら?)

 私は、汚れを厭(いと)わずに工房の隅にある切り株に腰を下ろした。絹のドレスに煤が跳ね、セバスチャンが悲鳴のような声を上げたが、私はそれを手で制した。

「セバスチャン。今日から私は、この工房に通いますわ。お父様への報告は『現場研修中』としておきなさい」

「お、お嬢様!? こんな煤臭い場所に……」

「バルカス。一つ提案がありますわ。これはビジネスにおけるPoC(概念実証)よ。まずは、私の設計図通りに一つ、そしてあなたの経験に基づいた改良案で一つ、プロトタイプを作りましょう。その製造コストと性能を比較して、より『利益』が出る方を採用する。……これでよろしくて?」

「……ケッ。せいぜい、鉄の匂いで頭を冷やすんだな」

 それからの三日間、私は文字通り泥と煤にまみれた。

 職人の動きを観察し、彼らがどこで作業を停滞(ボトルネック)させているかを分析した。魔法を刻む際の手の震え、魔力消費の激しさ、鉄板の歪み。私はただ口を出すのをやめた。職人の視線がどこに向いているのか、その「技」の正体を探るべく、私は彼らが作業しやすいように、魔力伝導率の高い鉱石の粉末を自ら調合し、彼らの手元を照らす補助魔法を何時間も維持し続けた。

 魔力を使い果たし、膝が震える。喉は熱風で焼け、視界は煤でかすむ。

 だが、その極限状態の中で、私は初めて「鉄の声」を、そして「職人の誇り」を感じ取った。

 そして、一回目の評価(チェック)の日が訪れた。

 私の設計通りに作ったコンテナは、バルカスの予言通り、冷却を開始して数時間で激しい金属音と共にひび割れた。一方で、バルカスの経験で作った重厚な箱は、丈夫ではあったが、あまりにも重く、魔力消費が激しすぎて「輸送コスト」が跳ね上がることが判明した。

「……バルカス。私の負けですわ。鉄の剛性を見誤っていたことを認めます」

 私は素直に頭を下げた。バルカスの目が、驚きに大きく見開かれる。高慢だった「リヒトハーフェンの狂犬」が、煤まみれの顔で敗北を認めたのだ。

「だが、あなたの案も、このままでは不採用です。魔法消費量が多すぎて、一回の輸送で魔石を三つも使い潰す。これでは利益(マージン)が出ない。……だから、改善(PDCA)を回しましょう。私のロジックと、あなたの経験を、対等に混ぜ合わせるのよ」

「……ピー、ディー、何だと?」

「計画(Plan)、実行(Do)、評価(Check)、改善(Act)。……バルカス、鉄板の厚さを場所によって変え、魔力の流れを分散させる。私の計算を、あなたの手で形にしてくださらないかしら?」

 バルカスは、初めてハンマーを置き、真っ黒に汚れた手で自分の顎をさすった。

「……あんた、学園で何を教わったか知らねえが。……その『ピー、ディー』ってやつ、悪くねえな。鉄も、叩き直せば強くなるもんだ」

 それからの作業は、劇的に加速した。

 私は、職人たちのやる気を引き出すためのインセンティブを提示した。このコンテナが完成し、王都への輸出が成功すれば、その売上の数パーセントを工房の設備投資として還元する、と。

「お嬢様、見てください! 魔力の循環が安定しました!」

 若手職人が声を上げる。

 完成したのは、軽量でありながら魔法の負荷に耐える、特殊合金を一部に使用したハイブリッド型魔法コンテナ。

 それは、私の頭の中にある「MBAの理論」が、職人の「汗」と混じり合い、初めてこの世界の「現実」へと具現化した瞬間だった。

(……ああ、そうか。前世の私に足りなかったのは、これだったのね)

 自分の正しさを証明することではなく、相手の正しさを取り込み、より大きな「成果」へと昇華させること。

 

「バルカス、ありがとう。……あなたたちのおかげで、リヒトハーフェン領は『物流革命』という名の武器を手に入れましたわ」

「礼を言うのは早いぜ、お嬢様。……こいつが王都で大金を稼いでくるまで、俺のハンマーは休ませねえ」

 工房を出る私の足取りは、かつてのどの舞踏会よりも軽やかだった。

 【PDCAサイクル:第1回転・完了】
・Plan: 魔法コンテナの設計。
・Do: 職人との試作。
・Check: 物理的限界とコスト課題の浮き彫り。
・Act: 現場の技術を取り入れた再設計。

 事業計画書の上に、一滴、私の汗が落ちて滲んだ。

 さあ、次は供給網(サプライチェーン)の構築だ。

 辺境の「赤い宝石」が、王都の食卓を支配する日は、もうすぐそこまで来ている。

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#悪役令嬢 #異世界転生 #経営 #MBA #内政  

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金森努@マーケティング・研修講師/コンサルタント ありがとうございます! これからも頑張ります。