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ちょっとスペイン横断してくるわ。徒歩で(2)

 その(1)からの続きです。これはちょっと昔、現在の夫であるアルゴがスペインの巡礼路を歩いた話。

 弟を殺すというのは物騒な言葉である。だが、アルゴは本気なのだ。そして、明日、スペインに向かい、徒歩で国を横断するということも。そもそも、アルゴには弟からOrder of Protection、裁判所から接近禁止令が出ているのだ。義母の葬儀の最中、そしてその後、激昂のあまり、弟と養父を殴り倒し、ひどい怪我をさせたためだった。

  なんでそんなことになったのかといえば、少しばかり長い話になる。

 弟は勝手に義母の保証人となり、病床にいる義母と一緒に暮らしていた。弟は、義母の看病、および医療的ケアの一切を制限というか、ネグレクトした。つまりは、瀕死の母を放置していたのである。目的は、母親の関心を買うため、あなたが一番の息子よ!と義母に言わせるため。そして毎月送られ来る彼女の障碍者保険の小切手のため。当時、弟は無職、車もない18歳の自分のことを大人だと思っている未成年。自分の家すらなかった。親族(アルゴ、義母の姉妹たち)友人のすべてをシャットアウト。お見舞いにすらいけない、電話すら通じない状態を作り上げた挙句、義母がいよいよ危ないという時、救急車を呼んでくれという彼女の願いを無視した。懇願する彼女の言葉に耐え切れなくなった当時の弟彼女が救急車を呼んだ。それが治療の遅れを招き、病院に運ばれた時には、義母は虫の息で、運ばれてすぐに心臓マッサージが行われた。弟のネグレクトは、母を死に導いた最大の原因なのであり、血を分けた弟は母親を殺した本人だ、というのがアルゴの認識であり、私もそれに同意せざるを得ない状況だった。

  義母は重度の腎臓病患者で移植手術を過去に2回受けていた。脳卒中で春に倒れてから、彼女は記憶に障害が出ていた。その頃にはとっくに動きを止めていた移植腎臓のケアも必要だった。当時、私とアルゴは結婚していなかったけれど、私たちの家で面倒を見るつもりでいた。リハビリ施設を終えた彼女を迎えるために準備をしていた。暮らしていたアパートメントは2つのベッドルームがあった。彼女の半身は麻痺していて、多くのケアを必要としていたし、自宅で腎臓透析を行う機械や薬剤など大量にあった。だから、一階のリビングルームにベッドをセットして、介護できるように部屋を整えた。アパートメントは病院にも近く、車もある。おそらく、世界中のどこでもそうだけど、郊外で暮らすということは、車が必然なのだ。何より、アルゴにとって義母は唯一無二の存在であり、私にとっても初めて会ったその日から、ごたごたあって別れた時期ですらも、ずっとずっとあなたは私の娘なの、と大事にしてくれていた義母である。私は会ったその日から彼女のことをママと呼んでいたし、実の母以上に愛してくれた彼女を心の底から愛していた。ゆえに、病気の母親の介護は、我々にとって当然の義務であり、責任でもあった。そんな気持ちの以前に、何よりもそうしたいという気持ちがあった。アパートメントの部屋を整え、様々な医療手続きを終えたその矢先に、弟は、自分がやるから、と勝手に変更手続きを進め、義母を周りから隔絶した。

 弟とアルゴの父親は違う。義母は短すぎた彼女の人生で3回結婚し、2回離婚している。最後の夫、つまり弟の父親は、アルゴにとっての養父だが私がアルゴと知り合った頃には別居していて、義母から聞く彼のことは罵り言葉しかなかった。どうやら色々な複雑な事情があったらしい(この過去の話については後になって知ることになるのだけど)だが、十年以上、別居していたものの、正式な離婚手続きは行っていなかった。つまりは、養父が一番の権利を持っていて、それを彼はためらいなく行使した。義母の病状に対し、養父と弟が行ったことは、医療ケアを行うわけでも、彼女の状況を助けることでもなかったし、彼女にとって大事な人たちに合わせることでもなかった。彼らの行ったことは、義母を心配するアルゴや彼女の姉妹たちから完全遮断し、その上で義母の死亡保険金受取人を変更することだった。

 義母は幼いころから腎臓に問題があり、財産らしい財産もなく、貯蓄すらほとんどなかった。ただ自分の体のこともあり、どんなことがあっても死亡保険だけはしっかり払い続けていた。それは彼女にとってなけなしのお金だった。生活を左右するほどの。保険金の受取人はアルゴであり、アルゴには、保険金は葬儀費用に使い、残ったお金は兄弟3人(アルゴには父親の違う兄もいる)できちんと分配するように、と幼いころからくどいほど言われていて、彼はそうするつもりだった。しかし、当時、保険の代理人としてアルゴの名前を記入することはできなかった。それは彼が未成年だったから。保険をかけ始めた当初、まだ仲の良かった夫婦は当たり前のように、養父を代理人として定めていた。書類上では、夫である彼の方に、子供であるアルゴよりも圧倒的な決定権があったわけである。映画やドラマで見るような遺言状だとか、弁護士だとか、裁判だとか。残念ながら当時の私たちにはそれをまかなえるだけの金銭的な力が皆無だった。ゆえに、法律上で一番の力をもっていたのは、例えば、死亡届に名前を記載するのも、喪主となったのも、死亡保険金を受け取るのも、10年以上別居していた何もしない義母の心底、嫌っていた養父だった。

 初めて義母が腎臓の機能不全で仮死状態に陥った時、そばにいたのは6歳のアルゴで、自分の腕の中で呼吸を止めた母のために死に物狂いで助けを呼んだのも彼だった。義母とアルゴは見た目も性格もそっくりで、その上、そんな経験があったので、結びつきが強かった。それは、兄や弟がうらやむほどに。アルゴの存在はママにとって特別なものだったのだ。だからこそ、弟は意地になって義母の面倒は俺一人でみる、と言い張り、そしてそうした。弟は、母親の一番になりたかったのだ。

  保険の名義人変更はアルゴも兄も、他の親族も知らぬ間に行われており、気が付いた時にはすでに遅し、そんな状況だった。当時、養父のことをよく知らなかった私は、義母の遺言なのだから、死亡保険は葬式と埋葬に使われるでしょう、そして残りは兄弟たちに平等に分配されるはずだ、などと常識的なことを考えていたけれど、そんな常識はクソ以外のなにものでもなく。養父は保険を全額受け取った後、当たり前のように葬儀、埋葬にはビタ一文払わなかった。文字通り、ビタ一文。日本なら一円、アメリカではペニー。彼は1セントも出さなかった。これもまた後になって知った話ではあるけど、葬儀の翌日には弟がかなりの額の保険金を現金で養父から受け取っていた。兄弟三人でわけろと言われていた保険金は義父と弟で山分けされ、それで彼は日本円で換算すると100万近くするタトゥーを彫り、新車を購入していた。弟にとってそれらが母親の命の代金だったのだ。

 ちなみに、葬儀の費用は、義母の妹であるおばさんが新婚旅行費用にと貯めていたお金を使うことになり、埋葬(こちらは土葬するのが一般的)する費用が足りなかったことと、この街の出身でない義母をどこに埋葬するかでもめたため、義母は荼毘に付された。火葬にすればいいのでは?との提案をした私…日本人で、荼毘に付すことが当たり前の国で生まれた女は後々になって養父、および、弟にひどく非難されることになるのだけど、それもまた後のお話。といういうか、土葬よりも費用が掛からないんですよ、なんて最初に勧めたのは私ではなく葬儀屋であり、自分らの取り分ばっかりを考えて結局、火葬に同意したくせに後々、難癖をつけてくるなど、本当に腹だたしい限りの養父と弟なのである。

 日本の火葬と異なり、2週間ほど待った後に、義母の遺骨は宅配便にて送られてきた。取り扱い注意とか、そんなんもなく、普通の宅配便で。義母の遺灰は、3人の子供たち、そして4人の姉妹、5人の兄弟に分配された。もちろん、骨壺やネックレス(小さなロケットに遺灰を入れてネックレス仕様にしてあった)にしたのはクソ養父ではなく、義母の姉妹が手配してくれたことだった。

  と、まぁ話は前後してしまったけど、そんな経緯があったため、葬儀の最中に過呼吸を起こし、倒れたアルゴは、錯乱した挙句に、弟を殺人者、義父をその片棒を担いだ保険金泥棒だと怒りに(激しく)度を失って、殴りつけたのである。あまりの騒ぎに葬儀社の人間が警察を呼びその場は収まったものの、養父と弟は、復讐を恐れ、ご丁寧にも裁判所まで赴き、接近禁止令を取ったという流れ。ちなみに、この時の接近禁止令のおかげで、私のグリーンカード取得に大層な面倒が起こったというのもまた別のお話。

 確かにこのまま、また弟と養父に接することがあれば彼らを殺しかねないし、母親の死のショックからようやく立ち直れそうなところだから行かせるべきなんだろうか。いやでも大学はどうするの?というかそもそも徒歩って、忍耐力も辛抱することも知らず、大して運動もしないアルゴがやりきれるの?というか、映画の話じゃないけど、初日に何かあって死んだりしたらどうすんの、等々。出かけたまま電話もかけてこないアルゴにイライラしながら様々なことに思いを巡らせ、どうしたものかと義母の骨壺を眺めながら、私は煙草を吸い続け、ため息をつくたびに、灰皿に吸い殻がたまっていった。そんな私の葛藤をよそに、3時間後に帰宅したアルゴは、満面の笑顔だった。水を入れるタンク付きの大きなリュック、寝袋、ブーツ、登山用の薄手のパーカー、携行食品、などもろもろの紙袋を大量に抱えてとにかく、ひどくご機嫌だった。大学で偶然出会い、巡礼路を終えたばかりの人にアドバイスを聞いた後、その足で買い物に行ったという。そして、大学休学の手続きや他の準備があるため、出発を三日後に伸ばしたと何故か偉そうに言われた。ご満悦のアルゴを見ていたら、怒鳴り飛ばしたい気持ちや、義母のこと、家族のことで色々と同情する気持ちすら吹き飛んで、私はとりあえず、言ってやった。

"I don't think you can climb mountains or walking super long-ass miles with brand-new FXXkcin Timber"

「ねぇ、そのクソ新しいおニューのティンバーランドのブーツでは山は登れないし、くっそ長い道程は歩けないと思うよ?」

(その3に続く)


 

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