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スパロウとブッチ(2)

お薬のやりすぎで頭がショートしてしまった友人たちの話。(その1)

さて、その1で書いたスパロウと異なり、ブッチは、出会った頃は普通だったし、15年ほどの付き合いになる。ブッチはアルゴと一緒に音楽をやっていた人。もっさもさのアフロ頭が目印。アルゴもでかい(185センチ、体重100キロくらい)が、ブッチもでかい。ブッチは190センチ、120キロくらい。しかも、二人とも声がめちゃくちゃに大きい。なので二人のヒップホップのパフォーマンスはものすごく派手で目立っていた。

今でこそいろんな州でマリファナは合法化されている(国としてはまだ違法)が、合法化される前から老若男女問わずたくさんの人たちが当たり前のようにマリファナを吸っていた。知り合い始めの頃から、ブッチがマリファナを吸っているのは知っていた。けれどそれから2年ほどして、彼がコカインを始めた時は、さすがに引いたし、やめときなとも言った。とはいえ、私は『友達の彼女』にすぎないので、ぐいぐい踏み込むことはしなかったけど。

ブッチはずっとご両親と暮らしていた。これはずいぶん、あとになって……ブッチが薬で脳みそをショートさせてしまってから知った事実なのだけど。ブッチは養子だった。それを知っていたから、歳をとって弱っていく両親を支えるために実家に残っていたのだという。

ブッチがおかしくなり始めたのは数年前の夏だった。うちに遊びに来たり、アルゴが電話でしゃべったりしている時に
「FBIが俺を付け狙っていて、ドローンをぐるぐる飛ばして俺を監視している」
「俺は特別に選ばれた人間だから夜になると目の色が変わって赤くなるんだ。その瞬間を狙って宇宙人が俺を捕まえにくるのさ」とか。

最初は「誰かに見られている気がする」「つけられている気がする」といった程度だったのに、妄想と妄言的なものがだんだんとそのスケールを増していった。私たちは、おかしいなとは思っていたけれど、彼がそこまで、つまり、脳みそがイカれてしまうほどの量と種類の薬に手を出しているとは知らなかったのだ。

薬の種類と量が増えたのは、当時、付き合っていた彼女と別れたことが原因だったらしい。この彼女というのが曲者というか、なんというか。ブッチの気持ちを確かめるような、からかうような行動・言動を繰り返していた。恋愛で男女が探り合いをするのは常なのかもしれないが、正直、相手に気があるふりをしたり、その気にさせたりする駆け引きを繰り返して楽しんでいいのは、20代とかそれくらいまでではなかろうか、とババァになった私は思うのだが、ブッチと彼女の諍いはまるでティーンエイジャーとか20代前半、若者のソレだった。言っておくが、彼女は当時、43歳でブッチは32歳だったので、かわいらしいなとか、ほほえましいな、などといった感情は一切わかず、ええ歳したおっちゃん、おばちゃんなんだから少しは落ち着きなさいよ、というのが私の正直な気持ちだった。そもそもその彼女には二十歳の娘さんがいるのだ。ババァ、落ち着けよ……私もババァだけどさ、と自嘲したものだった。

ある夏の日。ブッチが裸足のまま、全速力で駆けてやってきた。うちとブッチの家の間は徒歩で30分ほどの距離である。ブッチが歩いてうちまで来たことはなかったし、彼はそもそもものすごくものぐさなのだ。うちに来ること自体が滅多になかった。

想像してほしい。

身長190センチ、体重120キロ越えの大男。もじゃもじゃのアフロ頭を振り乱し、目は充血、顔を真っ赤にして、裸足。わけのわからない奇声を上げながら、汗まみれで全力疾走しているのである。平日、真夏、真昼間。そりゃ怖いよ。よく通報されなかったものだと今になって思う。

ブッチは我が家につくとものすごい勢いでドアを叩き、開けてくれ!助けてくれ!と叫んだ。私たちが慌ててドアを開けたらそこにはハァハァとものすごい荒い息をするブッチがいた。落ち着けというアルゴの口を手で塞いで、しっ!というときょろきょろとあたりを見回してから、うちに入ると玄関の2重になっている鍵をどちらも閉めて、チェーンをかけ、家に入ると内側のドアもカギをして、家じゅうのブラインドを下した。

とにかく落ち着け、水を飲め、とアルゴが言うと、「この水にも毒が入っているかもしれない!!!」とけたたましい叫び声をあげた。叫び声というか、獣の咆哮のような有様で、我が家の愛犬たちは、ブルブルと震えながらテーブルの下に潜り込んでしまった。

アルゴはとにかく、何があった、話してみろと何度も問いかけた。アルゴは短気な人だが、この時ばかりは1時間ほどかけて、気長に優しくブッチを説き伏せた。するとブッチは「CIAが俺のBirth Certificate(出産の証明書。生まれてきた日付や場所などが記載されいる)に発信機をつけていて、それを追跡した政府の輩が俺を殺そうとドローンを飛ばしている。家の周りには10台くらいのドローンがいて、俺の部屋にはたくさんの監視カメラ、盗聴器が仕掛けられている。枕の下にも、本棚の中にも。俺の部屋だけじゃなく、トイレにも、リビングにもだ。俺は攫われ、閉じ込められ、そして殺されるんだ」

私の頭の中では『僕は狂っていた、膝を抱えながら~傷を舐めていた、汁を垂らしながら~』と某ヴィジュアル系の大昔の曲が頭をぐるぐるまわっていたが、それどころではない。彼は大真面目なのだ。ガクガクと震え、頭を抱え込み、ボソボソと消えるような声だった。映画にでてくる狂人のような言動であったが、大真面目。そして笑い事ではないとアルゴも私も背中に冷たい汗が流れた。ゲットー、ストリート育ちのアルゴは重度のドラッグ中毒者やオーバードースで死んだ人を腐るほど見てきているし、私は私で大脳生理学、臨床心理学を専攻していたからブッチが明らかにかなり危ないレベル、つまり死に近いレベルで薬物を乱用していることがわかった。

アルゴはどうにかこうにかブッチをなだめ、彼の家に電話し、家に連れ帰るとブッチのいうままに、クローゼットの中、ベッドのマットレスの下、本棚の中の本のすべてを全部、調べて『ほれみろ、なんもないよ』と言い聞かせたのだという。その作業に2時間。

本当にヤバいと判断したアルゴは、薬物中毒者のための救急に電話をいれたが、家族、親族の要請でないと対応しかねるといわれた。なのでブッチの両親に助けを求めるように言ったが、彼の養父は、そんなことはない、今はちょっと混乱しているだけだと言って電話することを拒否。退職していたとはいえ、割と立場の高い仕事についていた彼は、近所の人の目、世間の人の目が怖かったのだろうとアルゴは怒り狂いながら言った。

あのままだとアイツは死ぬぞ!アルゴがそう叫んだ2日後。

私達はブッチの姉からの電話で、彼が救急車で運ばれ、意識不明の重体であることをしらされたのだ。

(その3に続く)


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