CHAI FOR TWO チャイでひと呼吸 01|思い出させてくれるひと
熱々のチャイが注がれる小さなカップ
ひと呼吸おきながら、対話するように。
インドの日常から得た
アファメーションをここに綴っています。
CHAI FOR TWO チャイでひと呼吸 01
1月は、どこか迷いのある時間だった。バラナシへの研修旅行の日程が決まらず、いろんなことが後回しになっていた。
進んでいないようでいて、動き出すと一気に加速する。
インドの時間軸は、やっぱりジェットコースターみたいだ。
じっくり腰を落ち着けて考える、というより、
気づけば岐路に立たされていて、急に選択を迫られる。
だから、ほっとできる空間、呼吸をととのえるひととき、
ほんとうの自分を思い出させてくれる学びを
手元に持っておくことは、本当に大切だと思う。
そしてなにより、30分かもしれないし、2時間かもしれないけれど、
それだけで、これらすべてを一瞬にしてもたらしてくれる
ひととの関わり合いは、かけがえがない。
思い出させてくれるひとの存在
2度目のiPhone紛失で自律神経が掻き乱され(無事に戻ってきた)
糸の切れる前のタコのように張り詰めた状態から一夜明けて、
きのうは、香港にいる仲間のJanet Lauとミーティングをした。
新年に開催したマインドフルネスワークショップのこと。
いま読んでいるティック・ナット・ハンの本のこと。
この数年のヨガの市場のこと。いま見ている世界線のことも。
話し終わって感じたのは、
枠をはみ出すことは勇気がいると思いがちだけど、
ときどき、枠をはみ出すのは選択ですらなく
必然として起こることがある、ということだった。
たとえば、誰かと別れる決断をするとき。仕事を辞めるとき。
お世話になったひとや、大切に思ってくれた家族、
数百枚分のアルバムを一緒につくってきた相手との別れかもしれない。
その関係性にとどまることで、自分のなかで違和感が膨らみ、
やがて自分が小さくなっていって、見失われてしまう。
考える力も、気力もなくなり、そのうち心臓がどくどくしてきて
自分を守るためには、離れるしか選択が残されていないこともある。
わたしは苦しんでいたんだ、という気づきから
でも別れは、水の流れに逆らって川を横切るような、命がけの作業のようで、ただ流されないように、「自分」というものをつかみながら進んでいく。
反対側の岸に立てたとき、はじめて、その痛みを受け入れることができる。
ああ、わたしは苦しんでいたんだ、と。
「何年もよくがんばったね」と声をかけててくれる友人がいるかもしれない。
でも、ほんとうに必要なのは「わたしは苦しんでいた」という真実の方で、そのことに気づかせてくれるひとの存在だと思う。
痛みを受けとめてはじめて、ヨーガや哲学など、苦しみを理解するための学びが役に立つし、瞑想やマントラなど、日々のプラクティスが生きはじめる。
AFFIRMATION アファメーション 01
I don’t need permission or validation to express my light. I was born to create and to inspire, not to stay small for the comfort of others.
わたしは、この手で創り、
インスピレーションを分かち合うために生まれてきた。
小さなふりをして、誰かを安心させるためじゃない。
わたしには表現したい内なる光があったのに、いつのまにか、忘れてしまっていたことは、恥ずかしいことじゃない。
まわりに受け入れられるため、誰かの承認を得ることに一生懸命で、その輝きから遠ざかってしまうこともある。
一緒に時間を過ごすことで
そんなことを思い出させてくれる仲間の存在は、やはりかけがえがない。
