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私の人生に"赤"はあっても"黒"はない

はじめに

あなたに、まず最初にお聞きしたいことがあります。それは…

あなたの今まで生きてきた人生の中にいわゆる
"黒"歴史はありますか?

…「黒歴史」ですか…?いや、そりゃありますよ。
一学生の頃が暗黒期でした。
一社会人一年目の頃なんて人に話せたもんじゃないです。
一離婚したころ、人生のどん底でしたね。

なんて、色んな声を聞くことができそうですね。

そんな私の人生も他人様から見れば、8割は失敗と挫折、逆境ばかりで、
まさに黒歴史のオンパレードかもしれません。

一機能不全家族に生まれる
一小中でいじめに遭う
一うつ病と統合失調性感情障害を発症
ー死に物狂いで掴んだ就職を体調を崩し、半年で辞職する
一出産後は産後うつで息子を乳児院に預ける
一人生の半分以上メンタル疾患とともに生きる

今年41歳になりますが、生まれてこのかた人生この辺が楽だった、と思える瞬間がありません(笑)。 

山あり谷あり。
平坦な道が現れることはなく、
山が終われば谷、
谷が終われば次は山。

そんな人生を生きてきました。

しかし、私は私の人生にいわゆる、黒歴史は無かったと、"今"は思えます。

挫折や、失敗、困難、それら全て、黒歴史ではなく、そこにはあるのは単なる赤っ恥です。

私はこの経験を笑いながら今なら他の人に隠すことなく、話せます。

でも数年前の私はそれは無理でした。
私の人生は文字通り黒歴史だらけで、恥ずかしいもの。
そう考えていたからです。

では、なぜ私はその境地を抜け出せたのか?

この作品は私の人生を語る自伝ではありません。

この作品はあなたがどんな人生を過ごしてきていても、
それを誇ることができる。
そんなきっかけになればいいと思い、私があなたへつづる一通の手紙です。

この作品のタイトルであります
私の人生に"赤"はあっても"黒"はない。

あなたが、この手紙を読み終わる頃
そう思えるようになれれば、幸いです。

歴史は勝者達が語り継ぐもの

「歴史は勝者達が語り継ぐもの」
私好きな漫画ONE PIECEで、ベガバンクという天才科学者がこんなセリフを言うシーンがあります。

一見、私の話と関係ないんでは?
と思われるかもしれませんが。

私はこの考え方に深く共感しました。
なぜか?

歴史とは記録です。
記録には扱う人によって焦点が違います。

つまり、焦点が違うと歴史は内容が変わります。

その歴史があなたにとって黒歴史だったとしても
焦点を変えると、誰かにとっては武勇伝だったりします。

例えば…学生のときのいじめられた記憶。
これは、いじめられた側からしたら辛い記憶。
まさに黒歴史です。
しかし、いじめた側は単にケンカに強かった武勇伝
もっと言うと、そんなことあったっけ?とはっきり覚えていないことが多々あります。

いじめがあった事実はひとつしか存在しません。

ですが、それを扱う人にってその意味合いが変わります。

いじめられた側は、恥ずかしい黒歴史
一方いじめた側は、武勇伝、もしくは覚えてない。

この差をあなたはどう見ますか?

私はこう考えます。

なんか、悔しくない?(笑)
いや、本当に、この差、悔しいです。

焦点を変えると、すべてがひっくり返る。それが歴史というものです。

だとすれば、あなたの記憶を黒歴史に認定したまま、心に封印しておくのは
なんだか、もったいないと思いませんか?

「黒」と「赤」、何が違うのか?

冒頭で私は、私にあるのは「黒歴史」ではなく、
「赤っ恥」だと言いました。

「黒」ではなく「赤」
この二つは一体何が違うのでしょうか?

どちらでその記憶を捉えても、
思い出すと胃がキュッとなる記憶です。
できれば蓋をして、誰にも見せたくない。
そういう意味では同じように見えます。

しかし、この二つにははっきりとした違いがあります。
それは…

黒歴史は「なかったことにしたい記憶」。
赤っ恥は「笑いながら話せる記憶」。

という点です。

自分がその記憶をどう扱っているか。
この点の違いはとても重要です。

黒歴史は「消したい過去」ですが、
赤っ恥は「生きた証」です。

違いは出来事の重さではなく、自分がその記憶をどう扱うか。
ただそれだけです。

まるでゾンビのように…


数年前の私は、自分の過去を誰かに話すことが怖かったです。
過去の全てを、人に知られたら、きっと誰もが私を蔑む。軽蔑される。
そう恐れていたからです。

だから、公表するどころか、話すことすらできなかった。
SNSにも、リアルな場にも、自分の過去を出せる場所がどこにもなかった。ただ、黙って抱えていた。

抱えていたというより、存在ごと隠していた、
という感覚に近いかもしれません。

そしてそれ以上に、
そんなひどい過去を認めず、抵抗していました。

あんな情けない自分を私は決して受け入れない。
頑なに隠して、当時の自分を否定し続けました。

隠して、否定して、そうする程に、
情けない気持ちも辛かった記憶も
忘れられない。

私を忘れないで。

まるで、記憶がそう訴えるかのようでした。

倒しても倒しても、起き上がり、蘇ってくる。
ゾンビのようにドロドロへばりついて拭えない記憶として
心に蔓延るのでした。

なかでも、何度も何度も蘇ってくる記憶がありました。
息子を乳児院に預けた日の記憶です。

あの日は、
北陸の11月にしては嘘のように晴れて気持ちのいい日だった。
風が冷たく、ベビーカーを押す私の手はほとんど感覚がなかった。
乳児院のスタッフさんに息子を手渡ししたとき、
夕日に照らされた息子は泣きじゃくっていた。
オレンジ色に染まったその泣き顔が、今も消えない。

かっこいい、と思った。


あの日から、私は何かを選ぶたびに怖くなりました。

自分の選択は、どうせ間違いになる。失敗で終わる。
そんな確信が、胸の奥にずっと居座っていました。
だから何かを決めるとき、私はいつも夫に相談しました。
自分で道を切り開くことを、静かに、でも確実に、諦めていたのだと思います。

自分のことを、母親失格だと思っていました。
子育てをするに値しない人間だと。
そしてそんな自分を、心底嫌っていました。

SNSを開くと、そこにはキラキラしたママたちが溢れていました。
手作りのお弁当、笑顔の家族写真、充実した毎日。
眺めるたびに、自分との距離が広がっていく気がした。
閉じればよかったのに、閉じられなかった。
傷つくとわかっていても、見てしまう。
そういう時期が、しばらく続きました。

変化のきっかけは、近所にできた小さなカフェでした。

店主さんは、独特な考えの持ち主でした。
オーガニックへのこだわり、自分なりの生き方。
周りから批判されることもあったけれど、
その人はまったく揺らがなかった。
自分の選択に、静かな誇りを持っていました。

その姿が、かっこいいと思った。

正解かどうかじゃない。
誰かに認めてもらえるかどうかでもない。
自分の選んだ道を、自分で信じて歩いている。
ただそれだけのことが、本当にかっこよく見えた。

私はどこかで、自分の人生の主導権を手放していたんだと、
そのとき気づきました。

それからしばらくして、ある本の中でこんな考え方に出会いました。

「人生は実験の連続だ。うまくいかなかった結果も、全部データになる」

その言葉が、すとんと落ちました。

実験に失敗はない。うまくいかなかった結果も、
次を精度よくするための材料になる。それだけのことだ、と。

私はそれまでの人生を、ずっと「失敗か成功か」の二択で見ていました。

うつ病になったのは失敗。仕事を辞めたのも失敗。
自信が持てないのも失敗。失敗が積み重なるから、黒歴史になる。

でも、全部が実験だとしたら?

うつ病になったのは、自分の限界値がわかった実験結果です。
仕事を辞めたのは、自分に合う環境を探すための過程です。
乳児院に息子を預けたのは、
あのとき私にできる最善の選択という、実験の答えでした。

出来事の中身は何も変わっていない。でも、意味がまるで変わりました。

それから少しずつ、「やってみたいけど怖くてできない」が減っていきました。怖いのは変わらない。
でも、うまくいかなくてもデータが取れるだけだと思うと、
一歩が出やすくなった。
講師として人前に立てるようになったのも、
あの考え方に出会ったからかもしれません。

生き抜いてくれて、ありがとう。

実験という考え方に出会って、頭の中は少し整理されました。
でも、胸の奥にある重さは、まだそのままでした。

知識で過去を再解釈することと、その記憶を心から受け止めることは、
別のことだと気づいたのはその後です。

コンパッション・フォーカスト・セラピー、
通称CFTを学んだときのことです。講師がこう言いました。

「人がとってきた選択は、どれもその時その人が生き抜くための、自分なりの生存戦略なんです」

その瞬間、何かがゆっくりと解けていくのを感じました。
音もなく。静かに。

生存戦略。

その言葉が、ずっと情けないと思っていた記憶たちに、違う光を当てました。

うつの状態が限界になって、息子を乳児院に預けた。

あれは逃げではなかった。
あのときの私が、自分と息子を守るために選んだ、精一杯の生存戦略だった。仕事を辞めたのも、引きこもったのも、誰にも言えず黙って抱えていたのも全部、そのときの私が生き抜くために選んだことだった。

情けない選択なんて、ひとつもなかった。

そう気づいたとき、初めて過去の自分に「ありがとう」と言えた気がしました。

よくそんな状況で選んでくれた。よく生き抜いてくれた。ありがとう、と。

そして同時に、こうも思いました。

辛かったね。怖かったね。でも、よく頑張ったね、と。

それまでの私は、辛い記憶が浮かぶたびに
「また思い出してしまった、情けない」と自分を責めていました。
でもこのとき初めて、記憶に寄り添うことができた。
責めるのでも、追い払うのでもなく、ただ「それは辛かったね」と、
自分自身に言ってあげることができた。

ゾンビのように何度も蘇ってきていた記憶たちが、少しずつ、静かになっていきました。消えたわけじゃない。でも、もう私を支配しなくなっていった。

封印しようとするから、記憶はゾンビになる。
寄り添うと、記憶はやっと、眠れるようになる。
そのことを、私は自分の体で知りました。

一番辛かった記憶の行く末

息子は今年、10歳になりました。

私が子どもだったころ、失敗することがとにかく怖かった。

怖かった理由は今ならわかります。親にがっかりされたくなかったからです。だから「やってみたい」と思っても、手を挙げられなかった。背中を押してほしくて、でも押してもらえなくて、ひとりで諦めたことが山ほどありました。

だから私は、息子にはそうなってほしくない。

「こんなことやってみたい」と言ってくれたとき、「とりあえずやってみなよ」と言える親でいたい。失敗しても笑って話せる、そのくらいおおらかな背中を見せて生きていきたい。

でも正直に言えば、その「おおらかさ」を私が手に入れるまでには、ずいぶん時間がかかりました。

あの11月の夕方、私はベビーカーを押していました。でも正確には、押せていたかどうかも分からなかった。手は不安と恐怖で冷たく、感覚をほとんど失っていました。乳児院のスタッフさんに息子を手渡ししたあと、私はどうやって家に帰ったのか覚えていません。

あの日の自分に、今の私は声をかけたいと思います。

忘れようとしなくていい。あの日、乳児院に息子を預けたのは、情けない選択じゃなかった。あのとき私にできる、精一杯の、最善の選択だったんだよ。怖かったね。不安だったね。悲しかったね。泣いてよかったんだよ。それだけ、息子を愛していたんだから。離れることを選んだのは、弱さじゃなくて、大きな勇気ある決断だったんだよ、と。

去年、私は息子に手紙を読んでもらいました。当時の気持ちをつづった手紙です。統合失調性感情障害のこと、乳児院に預けたこと、全部書いてありました。

息子はしばらく黙って読んで、顔を上げてこう言いました。

「ママ、頑張ってきたんだね。ありがとう」

私はそのとき初めて、あの日のことを「勇気ある決断だった」と、心の底から思えた気がしました。

私は精神疾患の当事者です。子育ても、家事も、仕事も、人並み以上に失敗続きです。それでも懸命に生きること。やりたいことを諦めないこと。失敗を恐れないこと。挑戦し続けること。そんな背中を、息子に見せながら生きていきたい。

黒歴史だと思っていたものが、息子への手紙になりました。赤っ恥だらけの人生が、「ありがとう」という言葉を生みました。

封印しなくてよかった、と今は思います。

赤っ恥は、あなたが生き抜いた証

あなたにも、封印している記憶がありますか?

思い出すと胃が痛い、誰にも言えない、なかったことにしたい、
そんな記憶が。

受け止めること。認めること。あのときの自分の選択を許すこと。

簡単なことじゃない、と私は思います。
でも同時に、特別なことでもないとも思っています。
誰もが自分のペースで、時間をかけて、少しずつやっていくことです。
焦らなくていい。一度に全部できなくていい。

ひとつひとつ、その経験から学べたことはないか。
自分にとってどんな意味があったのかを、ゆっくり読み取っていく。
それだけでいい。

私はこう思っています。どんな経験にも、学びがないものは存在しない。
意味がないものも、存在しない。たとえそれがどれほど理不尽で、痛くて、消してしまいたい記憶であっても。

ただ、ひとつだけ正直に言わせてください。

その経験を辛いと感じた自分を許せても、辛い経験の原因を許せない場合があります。いじめた相手、傷つけた人、理不尽な出来事。
それらを「許す」ことが、どうしてもできないとき。

そんなときは、相手を許せない自分を、責めなくていいです。

許せない、という感情は、正直な感情です。それを無理に手放す必要はない。相手を許せないまま、自分の経験だけを認めること、自分の選択だけを受け止めること。それで十分です。自分を許すために、相手を許す必要はありません。

どんな経験も、あなたが生き抜いた証です。

黒く塗りつぶさなくていい。封印しなくていい。ただ、そこにあったことを、認めてあげてください。赤っ恥でいい。
ただ「なかったこと」にするのだけは、やめてほしいのです。

あなたの記憶は、あなただけがその意味を選ぶ権利があります。どんな意味を持つ記憶にするか、自分で選んでいいんです。黒にするも、赤にするも、あなた次第です。

おわりに

長い手紙を読んでくれてありがとうございました。

書きながら、私自身もまた、あのころの記憶をひとつひとつ手に取るような時間でした。乳児院に預けた日のこと、カフェの店主さんの背中のこと、息子に手紙を読んでもらったこと、書くたびに、少しずつ、また軽くなっていく気がしました。

返事はいりません。

ただ、この手紙を受け取ってもらえたなら、それで十分です。

あなたの中に、今日この手紙を読んで「これかな」と浮かんだ記憶があれば
どうかそれを、黒と呼ぶのをやめてみてください。

私の人生に、赤はあっても、黒はない。

あなたの人生にも、きっと。


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