全国大会の決勝、最終回の打席|スコアに残らない物語
「…え!?いや、ちょっと待って、無理無理無理!」
私は思わず、その場に座り込んだ。
少年野球の全国大会、決勝戦。
2点を追いかける最終回の裏の攻撃。
1アウト、ランナーなし。
逆転のためには、とにかく出塁が必要だった。最後のチャンスを作れるかどうかがかかった場面。
そんな大事な打席に立ったのは、これまで公式戦の出番は少なかったベンチの選手だった。
その場にいた誰もが、思ったのではないか。――ここで出すのか!?と。
――ピンチヒッターとして出たのは、私の息子だった。
息子は、落ち着いた雰囲気でバッターボックスに立った。
初球は、ボール。大きく外れた。
2球目はファール。続けて、見逃しのストライク。
一気に追い込まれた。
(そのときの私:きゃー!なんで見逃すのー!振ったらいいのにー!どうしよう。チームの皆さん、せっかく出番をもらったのに、ごめんなさい。先に謝ります。)
そこから勢いのあるストレートをファールに。鋭いスイングだった。
続いて、ライト線へのファール。見るからにファールだったけど、相手チームの選手は飛び込んで取ろうとした。ただならぬ気迫を感じた。
1ボール2ストライクの追い込まれた状況が続く。
ベンチからも応援席からも、息子への応援歌が聞こえる。
こんな場面で我が子が打席に立っていて、緊張と興奮で大混乱に陥る私。こんなことが起こるなんて想像してなかった。どうしたらいい?黙って見守ればいいの?
悩んだら、後悔のない方を選ぶ。私は大声で応援することにした。
「思いっきり、いけー!」
…後から聞いたら、この声は息子に届いていたらしい。「おかあさんの声、聞こえたよ」と言っていた。冷静か!
次は、ギリギリのボール。あわやストライクかと、心臓がヒュッとなった。
後から録画を聞いたら解説の人が「あのボール、よく手を出さなかったですね」と言っていた。私は素人なので、よくわからない。
続けて、大きく外れるボール。
フルカウントになった。
1球1球が真剣勝負。すごいな。こんな場面を小学生で経験できるなんて。こんなプレッシャーある?全国大会の、決勝の、最終回だよ。
私、こんな場面、人生で経験したことないかもしれない。
そこからもう1球、粘ってのファール。
その次。
ボール!!
結果は、フォアボールでの出塁。
バットを放って走り出しながら、息子は両手で大きくガッツポーズをした。
普段なかなか感情を表に出さない息子があんなに大きく喜ぶ姿を見て、私の涙腺が崩壊した。
その後、2アウト満塁で4番バッターという奇跡的な展開を迎えたものの、追加点ならず。結果は準優勝。
選手たちは泣いていた。悔しいよね。でも、本当にいい経験になったと思う。一生の思い出なんじゃないかな。
息子に聞いてみた。「打席で何を考えていた?」
家に帰ってきてから、息子にバッターボックスでどんなことを考えていたかを聞いてみたら、私が思っている以上に観察して、考えていた。
以下、Q&A形式でやりとりをまとめる。
打席に立てるってなったとき、どう思った?緊張した?
緊張はあんまりしなかった。やったー!試合に出られる!と思った。
(まじか。どんなメンタルしてるんじゃ、この子)
コーチからなにか指示はあったの?
指示は特になかった。「自由にやれ」だった。
打席に立ったとき、なにを考えてた?
相手ピッチャーは投球数が増えてきていたから、1球でも多く投げさせたほうがいいんだろうなと思って、すぐに打ちに行かずに粘ることにした。だから最初は見逃した。最初がボールだったのはラッキーだった。
どんなボールを見逃して、どんなボールをファールにしていた?
ストライクだけど、打ってもヒットにできないボールは、ファールにしようとしてた。先週、チームメイトとバッティングセンターに行ったときに、ファールにする練習をしていた。そのときの練習が活きたと思う。
あの見逃しストライクは、なんで振らなかったの?
うーん、あれを打っても僕だとボテボテのゴロになるから、手を出さなかった。まだ1ストライクだったから見逃そうと思った。
ギリギリのボールだったやつ、解説の人が「よくあのボールに手を出さなかったですね」って言ってたけど、あれは見極めて振らなかったの?それとも振れなかったの?
見極めて振らなかった。ギリギリだけどボールだと思った。あのボールは高めで、球審のストライクゾーンが、低めは広かったけど高めは狭かったから…たぶんボールかなと思った。
それを全部、考えてやってたの?
うーん、それはいま思い出して言えることで…そのときは、なんにも考えてなかった。ただ1球1球、一生懸命やってただけ。
スコアには残らない物語があった
話を聞きながら「息子なりに、いろいろ考えてたんだな」と、じわじわ感動した。
出られるかどうかわからない試合でも、仲間の応援をしながら、相手ピッチャーを観察して、審判のストライクゾーンを観察して、自分が出たらどう振る舞うかをシュミレーションしていたんだと思う。
この1年、我が家は息子のサポートよりもチーム全体の運営が忙しくて、なかなか息子に時間を使えなかった。加えて両親とも野球の素人で、家では技術的なことを教えることもできなかった。
素人なのに強豪チームに入った息子のハンデは大きかったはず。親目線で冷静に見ても、このチームでレギュラーになることは全国模試で1位を取るよりも難しいことだったんじゃないかと思う。
私が息子に言っていたのは「出れるとしたら代打だよね。チャンスは一回しかないから、どうしたら結果を出せるか、考えながら練習しなさい」だけだった。
小学生の息子が、エベレスト級に高い目標に向かって自分なりに工夫していたことが、決勝のあの場面を見てわかった。こみあげてくるものがあった。
スコアを見れば、フォアボールでの出塁。でも、その裏にはたくさんの物語があった。そのスコアには載らない部分を間近で見ることができて、息子の成長を感じて、私はとても嬉しかった。
試合が終わった後、たくさんの人から「息子さんのあのガッツポーズに感動しました」というコメントをもらった。その言葉に何度も涙したのは、ここだけの話。
全国大会の決勝戦、2点を追いかける最終回裏の攻撃。
大事なシーンで見た息子の堂々とした姿を、私は一生忘れないと思う。あの瞬間をこの目で見られたことが、かけがえのない宝物だ。
息子にとっても、これからの人生でふとしたときに思い出す「自分を信じられた経験」になっていればいいな。
これは我が子の話だけど、どの子にも”スコアに残らない物語”があるはず。
結果や点数では測れない、表には見えない努力や、その子なりの工夫、小さな挑戦。それをいちばん近くで見つけて、心に刻んでおけること。
それこそが、親としての喜びであり、幸せなんだと思う。
この文章を、未来の自分が読み返したとき、きっとまた泣くんだろうな。
