「こんなnoteに意味ある?」と、また考えている
最近、noteになにを書けばいいのか、少しわからなくなっている。
書くことがなくなったわけではない。考えていることはたくさんある。
ただ、考えていることを書く場所が増えた。
思いついたことは紙のノートに書く(ノートの数は増え続けている)
話しながら考えたいことはポッドキャストで話す
短く出しておきたいことはXにつぶやく
英語で残したいことはSubstackに出す(まだ2回しか出してないけど)
少し前までは、考えたことを残すのはnoteだけだった。
でも、いまは紙のノートに書いた時点でかなりスッキリしている。
ポッドキャストでは考えながら話せるし、noteに書くよりも早く脳内にあることを外に出せる感覚がある。
そうすると「あれ、今日のnote、なにを書けばいいんだっけ?」「っていうか、私にとってnoteってなんだっけ」となる。
これまではnoteにだけ書いていたことの出し先が分かれて、noteの立ち位置がよくわからなくなってきた、ってことなんだと思う。
これからのnoteは、紙に書いたこと、話したこと、つぶやいておいたこと、そのほか日々の小さな気づきの中から、もう少し「残しておきたいもの」を選んで、文章にする場所になるのかもしれない。
(というか、多くの人は最初からそうしているのかもしれない)
毎日noteを続けていると、毎日新しいことを書かなければいけないような気持ちになるけど、あんまり難しく考えなくてもいいのかも。
とはいえ、これまで290日以上、毎日書き続けてきた場所の位置づけが変わるのはなんだかぞわぞわするし、少し心もとない感じもする。
でも紙のノートも、ポッドキャストも、Xも、それぞれがいまの自分にとって「ちょうどいい出し場所」になっている。
noteは、こういう新しい発信場所で出したものを統合していく場所として、いろんな自由研究の結果として書いていくんだろうな。
私は、これからどんなnoteを書きたいのだろう。
うーん、考えることが止まらない。仕事します。
毎日note、293日目。
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フリーランスになって初めて、「平日に3日休むぞ!」と決めた話。 インプットって大事だよね、仕事にもメリハリをつけたいよね、1年の中に流れをつくりたいよね、という話などなど。
