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穴子との再会

 プルルッ、プルルッ、プルルッ。腕につながれた機械が、聞きなれない音と振動で、異変を伝えている。「大丈夫ですか?血の流れがゆっくりなようですが。」と心配そうに顔を覗き込んでくれる看護師さん。ベッドで私は、ゆっくりと現実に引き戻される。そうか、私は今、愛知の献血ルームにいるんだ。実家ではないのね。
 20代半ばの頃のその日は当時よく通っていた、自宅から電車を乗り継いで30分ほどの献血ルームで、いつものように受付で献血カードを出し、血液検査を受け、医師の診察を受け、献血用ベッドでiPadを操作してTVerを観ていた。「相席食堂」という、お笑いコンビの千鳥が、日本各地を回るタレントの動画にツッコミを入れるという番組が好きで、それを再生した。場所もタレントの名前も覚えていないが、画面に映り込んだ茶色い魚に、目が釘付けになった。
 それは、穴子だった。母が、私が中学生の頃によく煮穴子と山菜と人参とお米をフライパンで蒸して穴子ご飯を作ってくれた。特に、お客さんが来た時に。近所に住んでいたニュージーランド人の青年は"It's beautiful!"(美味しい!)とほめてくれ、いとこたちももりもり食べていたそれは、さすがにウナギほど脂はのっていないものの、噛めば噛むほど旨味が出て、実家のある北海道のひんやりと澄んだ空気や、食事時の和気あいあいとした空気と相まって、普段の食事以上うな重未満の、「ちょっと特別な時間」を彩ってくれていた。
 今から飛行機を取って実家に帰ることはできる。幸い家族は健在だし、頼めば母はまた穴子ご飯を作ってくれるかもしれない。しかし、件の青年はずいぶん前に帰国したし、いとこたちもそれぞれにライフイベントを迎えて散り散りになって、皆で集まることはかなわないだろう。何より私自身が年を重ね、それなりに責任のある仕事を持ち、長期間職場のある愛知から離れられる立場にない。つまり、もうあの無心に穴子ご飯をほおばった日々は戻ってこないのだ。ずっと舐めていたパインアメが溶けて舌に突き刺さった時のような、鋭い切なさと寂しさがつきんと胸を締め付けた。
 すると、先述の音を立てて機械が異変を知らせた。「身体冷えちゃったかな?温かい飲み物飲んで、ストレッチしてね。」と母親のように優しく気遣ってくれる看護師さんに背中を押され、飲みかけのぬるくなったココアを一口飲み、iPadのチャンネルを変えた。しかし、頭では穴子のことばかり考えていた。忘れないことだけが、もう会えない人や戻れない場所に対してできる唯一のことだ。忘れないために、愛しい記憶を書き残していこう。血管と心はつながっているんだなあ(血がめぐるように指令を出してるのは脳だからそりゃそうか)と驚きつつも、静かにそう決意した。

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