エッセイ|「まだ大丈夫」は、限界のサイン
【期待に応えたかった、あの頃】
約10年前、社会人としての仕事が軌道に乗ってきたころのことです。
「私が休んだら、職場が回らなくなる」
「任されたからには、期待に応えたい」
毎日そんな言葉を頭の中で繰り返していました。
誰よりも早く仕事を始め、誰よりも遅くまで残る。
自分の健康にはまったく意識が向かず、気づけば仕事の比重が、生活のほとんどを占めるようになっていたのです。
限界のサインは、突然バタンと倒れるような劇的なものではありませんでした。
もっと静かに、少しずつ日常の輪郭を削り取っていくように現れてきたのを覚えています。
【削られていく日常】
最初は、布団に入ってもなかなか寝つけなくなりました。
そのうち、明け方の不自然な時間にパチッと目が覚めてしまう。
当然、翌日は寝不足で頭がぼんやりとして働きません。
いつもならすぐに終わるはずの仕事が、思うようにはかどらない。
「なんでこんなこともできないんだろう」と、できない自分を責めて、どんどん自信がなくなっていく。
そのうち、職場の人と会話をすることすら辛くなり、気づけば、心から笑うことができなくなっていました。
それでも当時の私は、「ちょっと疲れているだけ。まだ大丈夫」と本気で信じていたのです。
ここで休んだら、自分の居場所がなくなってしまう。
その見えない焦りだけで、すり減った体を無理やり動かしていました。
でも、そんな張り詰めた生活が長く続くはずもありません。
結局、うつ病と診断され、私は仕事を長くお休みすることになりました。
【暮らしを整えるための「きほん」】
あれから10年の時が経ち、すっかり元気になった今。
私は、自分の弱さを謙虚に受け止め、日々の暮らしをていねいに整えていくことを何より大切にしています。
そのために、自分の中にひとつの「きほん」を設けました。
それは、「まだ大丈夫」と口に出しそうになったら、問答無用で休むこと。
身をもって学んだ今だから、わかります。
「まだ大丈夫」は、まだ頑張れる余力がある状態ではありません。
「もうとっくに限界を超えているのに、気力だけでなんとか立っている」という、心からのSOSなのだと。
だからこそ、もし今、このnote記事の向こうで誰かの期待に応えようと、無理をして「まだ大丈夫」と呟いている人がいるならば。
どうか、その言葉が出た瞬間に、すべての手を止めて休んでほしいと心から思います。
あなたが心や体を壊してまで応えなきゃいけない期待なんて、きっとどこにもないのだから。
まずは、温かいお茶でもていねいに淹れて。
今日はもう、ゆっくり眠れますように。
かなめ
