ムーンウォークのはずが汗だくの後ろ歩き。でも諦めない!
映画『マイケル』を観て以来、胸の中の感動のファンファーレが鳴りやまない。
劇場を出てからも興奮が収まらず、SNSで「マイケルジャクソン」と検索したのが運の尽き。それから毎晩のように、彼のライブやインタビューの映像をエンドレスで見漁って、底なし沼にハマっていってしまった。
マイケル・ジャクソンといえば、言わずと知れたムーンウォークである。
無重力の中を滑るように、スムーズに後ろへと進んでいくあのステップ。何度スロー再生で見ても、どんなカラクリなのかさっぱりわからない。まるで異世界の住人の動きだ。
そんな動画を夢中で見ていたら、隣にいた妹がポツリと言った。
「YouTubeにムーンウォークのやり方動画あるよ。お姉ちゃん、できるんじゃない?」
その一言で、私の見よう見まねの挑戦が始まった。
ところが、想像を絶する難解さだったのだ。
解説動画を10回以上見ても、脳が理解できない。動画を見て、実際に動いてみて、また動画に戻る。その往復を繰り返しても、形にもならない。
「ちょっと待って、ちょっと待って!」と一時停止し、最初の立ち姿からやり直してみるものの、次にどっちの足をどう動かせばいいのか、脳と足の連携が完全にバグってしまう。
実は私、ジャズダンスを13年習っていた。
体幹やステップの基礎はそれなりにあるはずだったけど、そのプライドは見事に粉砕された。そこへ、リビングを通りすがった父から「さっきから後ろ歩きして何やってるの?」と冷静なツッコミ。
これで、完全に私の負けず嫌いに火がついた。
今は後ろ歩きしてるだけだけど、マイケルジャクソンみたいなムーンウォークになるはずなんだよ。
別の解説動画を探してみたり、客観的に見ている妹からの「今、軸足が逆!」「かかとをしっかり上げて!」というアドバイスを頼りに、格闘すること2時間。
——その瞬間は、突然訪れた。
すうっ、すうっ、と、なんとなく2歩くらい、私の体がムーンウォークっぽく後ろへ滑ったのだ。
ハッと我に返ると、額からは大汗が流れ落ち、太ももの裏側の筋肉がジンジンと悲鳴を上げていた。明日、絶対に猛烈な筋肉痛が来るやつだ。
やっとできたこと以上に、胸にこみ上げてくるものがあった。
それは、こんなに何かに集中したの、久しぶり。
「できるようになりたい」って心の底から思ったのも、思い通りにいかなくて本気で悔しくなったのも、いつ以来だろう。
そして、たった2歩前進(いや、後退だけど)しただけで、思わずガッツポーズをして叫んでしまったのも、本当に久しぶりの感覚だった。
そうだ。私にとって、ダンスって夢中で身体を動かすのが楽しいものだった。
40代の毎日は、良くも悪くもできることの枠の中で器用に回っている。失敗して恥をかくことが減るかわりに、何かに必死になってアドレナリンを出す機会も減っていく。
夜のリビングで、汗だくでひたすら後ろ歩きを繰り返した奇妙な2時間。
それは、大人になってすっかり眠っていた私の無邪気な熱量を、マイケルがムーンウォークで引っ張り出してくれたような、最高の時間だった。
ムーンウォークができるからってなにってことはない。どこかで披露するつもりもない。
だけど、明日の筋肉痛を覚悟しつつ、今夜も私は、3歩目を目指してフローリングに立つつもりだ。
