あの朝の寝顔は、10年前の私が守ったもの
八戸の朝。
久しぶりにダブルベッドで目を覚ました。
ツインが取れず、仕方なく同じベッドにしたのだけれど、隣で眠る夫の寝顔を見ながら、ふと不思議な気持ちになった。
10年前、もうダメかもしれないと思った人と、いま同じベッドで朝を迎えている。
あの頃の私に、この光景は想像できなかった。
結婚したばかりの30代前半。
私はただただ夫のことが大好きだった。
家族想いで、休みのたびに小さな娘をあちこち連れて行ってくれた。
少しずつ空気が変わったのは、40歳を過ぎた頃だった。
娘は中学生になり、家族で過ごす時間は減った。
私は更年期に入ったのか、理由もなくイライラしていた。
同じ頃、夫は転職を繰り返し、思うようにいかない日々が続いていた。
夫が帰宅すると、家の空気が少しだけ重くなる。
娘はすぐに自室へ行き、
私は最低限の会話を済ませると寝室にこもった。
ゴミ出しのルール。
洗濯物の山。
ささいなことが、ささいでなくなっていった。
本当は、お金のことが怖かった。
年収が下がり、やりくりが苦しくなり、
将来が見えなくなる不安があった。
でもその不安を、一緒に共有できないことを、私は「寂しい」とは言えなかった。
ある日の帰り道、車の中で
私は勢いのまま言葉をぶつけてしまった。
お金のこと。
将来のこと。
どうしたらいいのかという苛立ち。
あれは、言葉のナイフだったと思う。
いつもなら歩み寄ってくれていた夫が、
その日は黙ったままだった。
背中が、小さく見えた。
「もうダメかもしれない」
そう思った瞬間、胸が苦しくなった。
あのとき私は、「悪いのは夫だ」と思ったこともある。
でも今ならわかる。私も夫も、悪くなかった。
ただ、お互いに本当の気持ちを言っていなかっただけだった。
どうしたらいいのかわからず、
私はカウンセリングのある心療内科を訪れた。
カウンセラーは、ただ静かに話を聞いてくれた。
そして最後に、こう言った。
「こう思っていたんですね」
その一言で、私ははじめて気づいた。
私は怒っていたのではなく、
寂しかったのだと。
カウンセラーに話すために日記もつけた。
夫のささいな変化も書き留めた。
夫婦関係の本も何冊も読んだ。
黒川伊保子さんの『夫婦脳』もその一冊だった。
その本を読んで気づいた。
「わかってくれるはず」と思い込んで、
本音を隠したままぶつけていた。
本当は、
「寂しかった」
「昔みたいに甘えたかった」
そう言えばよかったのに。
私は便箋を取り出した。
言葉にするのが怖かった。
でも、言葉にしなければ終わってしまう気がした。
「私はまだ、あなたと家族でいたいです。」
謝罪と、これからも三人で暮らしたいという気持ちを、正直に書いた。
そっとテーブルに置いたあの手紙が、
私の覚悟だった。
それから私は、自分の行動を変えた。
相手を変えようとするのをやめた。
小さなことにも「ありがとう」と言うようにした。
夫の趣味のスポーツが羨ましかったことにも気づいた。
洗濯物の山に感じていた虚しさも、
私の本音だった。
少しずつ、空気が変わった。
気がつけば、夫は自分で洗濯をするようになっていた。
私が正直になったことで、
二人のあいだの空気が変わったのだと思う。
いま、私たちは夫婦二人で旅行に行く。
休みが合えば映画も観る。
夫が試合に行くときも、心から「楽しんできてね」と言える。
これから定年を迎え、
また関係を更新する時期が来るかもしれない。
そのときも、きっと同じだ。
正直になること。
それは、相手を責めることではなく、
自分の弱さを認めることだった。
あの朝の寝顔は、10年前の私が、正直になったから守れたものだと思っている。

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