ショートショート:『大桟橋の座席表』
【まえがき】
皆様、お疲れ様です。
カナモノです。
結婚式の座席表。あれは単なる配置図ではありません。
過去の因縁、現在のヒエラルキー、そして未来への布石が詰め込まれた、最も政治的な「地図」です。
横浜の夜景をバックに、幸せの裏側を捲(めく)る話です。
少しの間でも、あなたの心が軽くなることを願います。
『大桟橋の座席表』
作:カナモノユウキ
登場人物
ユウジ: データ至上主義の分析屋。空気は読まない。
アキト(新郎): 完璧な式を挙げたい、焦りの男。
マユ(新婦): 笑顔という名の鉄仮面。
エリナ: 真実を知る、冷ややかな観察者。
ケン: 何も知らない、陽気な緩衝材。
ユウジ(語り) ゴオオォォ……という低い汽笛の音と、ウッドデッキを叩く湿った海風。 午後9時。 神奈川県横浜市、横浜港大さん橋国際客船ターミナル。 「くじらのせなか」と呼ばれるこの広大な屋上デッキからは、みなとみらいの煌びやかな夜景が一望できる。 観覧車のネオンが、巨大な時計のように時を刻んでいる。 来週に控えた結婚式の最終打ち合わせの帰り。 僕たちは、二次会の会場となるクルーズ船を下見した後、このデッキで缶ビールを開けていた。
ケン 「……いやー、やっぱ横浜はいいな! ……夜景が目に沁みるぜ。」
アキト 「……だろ? ……マユがどうしてもここがいいって言うからさ。」
マユ 「……ふふ。……だって、ロマンチックじゃない?」
エリナ 「……。」
ユウジ(語り) 新郎のアキトと新婦のマユは、絵に描いたような幸せなカップルだ。 ケンは無邪気に夜景をスマホで撮っている。 エリナは、少し離れた手すりに寄りかかり、黒い海を見つめている。 そして僕は、潮風に煽られてバタつく一枚の紙を、ベンチの上に広げていた。 「披露宴・最終座席表」。
ユウジ 「……ねえ、アキト。」
アキト 「……ん? ……なんだよユウジ、そんな険しい顔して。」
ユウジ 「……この配置、確定?」
アキト 「……ああ。……プランナーにも提出済みだ。」
ユウジ 「……これ、おかしくないか?」
ケン 「……え? ……どれどれ?」
ユウジ(語り) ケンがビール片手に覗き込んでくる。 僕は、円卓が並ぶ図面の一箇所を指差した。
ユウジ 「……ここ。……『テーブルH』。」
ケン 「……H? ……ああ、親族席の隣か。」
ユウジ 「……なんで、俺たちの大学時代の仲良しグループなのに、サトシだけここにいるんだ?」
ケン 「……あー、本当だ。……俺とユウジとエリナちゃんは『テーブルC』なのに。……サトシだけポツンと離れてるな。」
アキト 「……ああ、それな。……人数の調整だよ。……C卓が定員オーバーだったから、サトシには悪いけど移動してもらったんだ。」
マユ 「……そうそう。……サトシくん、優しいから『どこでもいいよ』って言ってくれたし。」
ユウジ 「……調整? ……嘘だね。」
アキト 「……は?」
ユウジ(語り) 僕はスマホのライトで、座席表を照らし出した。 ただの紙切れじゃない。 これは、アキトとマユの深層心理が投影された、防衛ラインの図面だ。
ユウジ 「……論理的に見て、この配置は『調整』じゃない。……『隔離(かくり)』だ。」
アキト 「……隔離って。……お前、言葉が悪いぞ。」
ユウジ 「……事実だろ。……よく見ろ。……サトシのいるH卓は、会場の隅。……しかも、隣はマユの親族席だ。」
ケン 「……え、マユちゃんの親戚? ……あの、厳しそうなお爺ちゃんとか?」
マユ 「……うちの祖父は厳格だから。」
ユウジ 「……つまり、サトシは結婚式の間中、マユの親族の目に晒され、迂闊(うかつ)な行動や発言ができない状態に置かれる。」
アキト 「……たまたまだって。」
ユウジ 「……さらに、ここ。」
ユウジ(語り) 僕は、高砂(新郎新婦席)とH卓の間にある、巨大な装花の配置を指差した。
ユウジ 「……この背の高い装花。……これがここにあると、高砂のアキトから見て、サトシの席はちょうど死角になる。」
アキト 「……。」
ユウジ 「……つまり、お前はサトシと目を合わせたくない。……同時に、サトシからもお前の表情を読ませたくない。」
ケン 「……ええ? ……考えすぎだろユウジ! ……サトシは俺たちの親友じゃんか。……アキトがそんなことするわけ……。」
ユウジ 「……極めつけは、これだ。」
ユウジ(語り) 僕は、僕たちのいる『テーブルC』と、サトシのいる『テーブルH』の距離を示した。 会場の端と端。 最も遠い対角線上に配置されている。
ユウジ 「……この距離。……これだと、歓談の時間になっても、サトシが俺たちのテーブルに来るには会場を横断しなきゃならない。……物理的に、サトシを『ある人物』から遠ざけている。」
ケン 「……ある人物?」
ユウジ 「……エリナだ。」
エリナ 「……ッ。」
ユウジ(語り) 海を見ていたエリナが、ピクリと反応した。 風が強くなり、マユの綺麗にセットされた髪が乱れる。
アキト 「……ユウジ。……いい加減にしろよ。……せっかくの祝い事だぞ。……探偵ごっこなら他でやってくれ。」
ユウジ 「……ごっこじゃない。……アキト、お前は何を恐れてる?」
アキト 「……何も恐れてなんか!」
マユ 「……もういいでしょ! ……ただの席順よ! ……深く考えないで!」
ユウジ(語り) マユが声を荒らげた。 その笑顔の仮面が、一瞬だけ剥がれ落ち、下から焦燥感が覗いた。 ケンがオロオロしている。 気まずい沈黙。 遠くで、観光船の汽笛が「ボォォォ」と鳴った。 その重たい音を切り裂くように、冷ややかな声が響いた。
エリナ 「……ううん。……違うわ。」
アキト 「……エリナちゃん?」
エリナ 「……ユウジの言う通りよ。……これは調整じゃない。」
ユウジ(語り) エリナが手すりから背を離し、ゆっくりと僕たちの方へ歩いてきた。 夜景の逆光で、その表情は見えない。 ただ、その声には、ずっと真夜中のような暗い静けさと、鋭い棘があった。
エリナ 「……これは、『口封じ』の配置よ。」
ケン 「……く、口封じ?」
エリナ 「……サトシくんが、スピーチで『あの事』を喋らないように。……監視付きの席に閉じ込めたのよね? ……アキト。」
アキト 「……。」
ユウジ(語り) アキトの視線が泳ぐ。 座席表の紙が、風に煽られてバタバタと暴れる。 まるで、そこに書かれた名前たちが、居場所を求めて叫んでいるようだった。 「口封じ」。 エリナが放ったその言葉は、海風に乗ってアキトの横顔を打ち据えた。 横浜港の黒い海面が、さざ波を立てている。 座席表の紙が、バタバタと暴れる音だけが響く。 アキトは黙っている。 だが、その沈黙こそが、最も雄弁な肯定だった。
ケン 「……え、なになに? ……サトシが何を喋るって言うの?」
エリナ 「……ケン、あんた本当に鈍感ね。」
ケン 「……ええ?」
エリナ 「……サトシくんは知ってるのよ。……アキトとマユが、いつから『付き合ってた』か。」
ユウジ 「……なるほど。……時系列の矛盾(タイム・パラドックス)か。」
アキト 「……ユウジ、やめろ。」
ユウジ(語り) アキトが低い声で制止する。 だが、もうパズルのピースはハマってしまった。
ユウジ 「……招待状に同封されていたプロフィール表。……馴れ初めには『2年前の夏、友人の紹介で』と書いてあった。」
マユ 「……そうよ。……それが何か?」
ユウジ 「……でも、サトシのスマホには残ってるはずだ。……3年前の冬、アキトが当時の彼女と別れる前に、マユと二人でこの大桟橋に来ていた写真が。」
ケン 「……えっ? ……3年前って、アキト、まだミキちゃんと付き合ってた頃じゃ……。」
エリナ 「……そう。……そしてマユも、別の彼氏と同棲してた。」
ユウジ 「……つまり、ダブル不倫ならぬ、ダブル浮気からの略奪婚だ。」
アキト 「……ッ!」
マユ 「……。」
ユウジ(語り) マユの髪が、突風で大きく乱れ、顔にかかった。 いつもならすぐに手鏡を出して直すはずの彼女が、今は微動だにしない。 その目は、夜景よりも暗く濁っていた。
ユウジ 「……サトシは正義感が強い。……酒が入れば、『本当の馴れ初め』を暴露しかねない。……だから、監視役が必要だった。」
エリナ 「……マユの親族席の隣なら、サトシくんも滅多なことは言えないものね。……『新婦の顔を立てる』という重圧(プレッシャー)を与えて。」
アキト 「……違う! ……俺たちは!」
ユウジ(語り) アキトが叫んだ。 その声は、汽笛の音にかき消されそうになるほど、頼りなかった。
アキト 「……俺たちは、本気だったんだ! ……遊びじゃなかった! ……前の相手を傷つけたのは認めるけど、結果的に今、こうして幸せになろうとしてるんだ! ……それを祝うのが、友達だろ!?」
ユウジ 「……友達、か。」
ユウジ(語り) 僕はため息をついた。 アキトは、この座席表を「友情の配置図」だと言い張るつもりらしい。 だが、僕には「共犯者のリスト」にしか見えなかった。
アキト 「……サトシだって、納得してくれてるんだ。……お前らがガチャガチャ言うことじゃないだろ!」
ユウジ 「……アキト。……サトシは納得したんじゃない。……諦めたんだよ。」
アキト 「……は?」
ユウジ 「……お前が、友情よりも保身を選んだことに失望して、何も言わずにその『隔離席』を受け入れたんだ。」
アキト 「……うるさい!」
アキト(語り) アキトが、僕の手から座席表をひったくった。 ……ビリッ。 紙が破ける音がした。
アキト 「……祝う気がないなら、帰れよ! ……こんな分析ばっかりして、俺たちの幸せにケチつけるような奴、こっちから願い下げだ!」
ケン 「……お、おいアキト! ……言い過ぎだって!」
アキト 「……うるせえ! ……全員帰れ!」
ユウジ(語り) アキトが肩で息をしている。 マユは、乱れた髪の隙間から、冷ややかに僕たちを見ていた。 彼女もまた、この「共犯関係」を守るために必死なのだろう。 僕は、手元に残った破れた座席表の切れ端を、静かにポケットにしまった。
ユウジ 「……分かった。……帰るよ。」
アキト 「……。」
ユウジ 「……でも、覚えとけよ、アキト。」
アキト 「……あ?」
ユウジ 「……この完璧な座席表で、物理的に人を遠ざけても。……人の口に戸は立てられない。」
エリナ 「……そうね。……噂(ウィルス)は、空気感染するものだから。」
ユウジ(語り) エリナが、憐れむような目で二人を見た。 そして、踵(きびす)を返す。 僕もそれに続いた。
ケン 「……え、ちょ、二人とも! ……マジで帰るの? ……アキト、マユちゃん、ごめん! ……また連絡するから!」
ユウジ(語り) ケンが慌ててビールを飲み干し、僕たちを追いかけてくる。 ウッドデッキの乾いた足音が、遠ざかっていく。 ……コツ、コツ、コツ。
ユウジ(語り) 僕は一度だけ振り返った。 広大な「くじらのせなか」。 その先端に、二つの影が取り残されている。 みなとみらいの夜景は、残酷なほど美しく輝き、二人をスポットライトのように照らしていた。 だが、その足元。 ウッドデッキの隙間は、深く、暗い海へと繋がっている。 アキトの手にある破れた座席表が、風に飛ばされそうになっていた。
マユ 「……寒いわね。」
アキト 「……ああ。」
ユウジ(語り) 風に乗って、微かな会話が聞こえた気がした。 二人は手を繋がない。 ただ、互いの秘密を守り合うように、微妙な距離を保って立っていた。 この結婚式は、きっと盛大に行われるだろう。 そして、誰もが笑顔で嘘をつき、拍手を送るのだ。 僕は、大桟橋の長いスロープを下りながら、スマホのカレンダーを開いた。 来週の土曜日の予定を、「結婚式」から「欠席」に書き換えるために。
【あとがき】
最後まで読んでくださった方々、
誠にありがとうございます。
招待状の返信ハガキ、まだポストに入れていませんか?
「出席」の二文字に丸をつける前に、もう一度だけ、新郎新婦の瞳の奥を見てみてください。
そこにあるのは愛ですか? それとも、共犯の誓いですか?
では次の作品も楽しんで頂けることを、祈ります。
お疲れ様でした。
カナモノユウキ
《作品利用について》
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