Yotsubaショート:『霧の都のガス灯守』
【まえがき】
皆様、お疲れ様です。
カナモノです。
諦めてしまった夢や、捨ててしまった願いは、その後どこへ行くのでしょうか。 消えてなくなるわけではなく、見えない所で誰かの足元を照らしているのかもしれません。
これは、深い霧に包まれた街で、古い願いに火をともす、不器用な男のお話です。
少しの間でも、あなたの心が軽くなることを願います。
『霧の都のガス灯守』
作:カナモノユウキ
登場人物
ルカ(20代後半男性): 霧の都オールドベイルの「灯り守」。人々の捨てた願いを集めてガス灯の燃料にしている。理屈屋で、願いの価値を「燃焼時間」と「火力」でしか量らない。
ニナ(10代後半の少女): 霧の中から現れた浮浪児。難しい言葉は知らず、いつも直感で動いている。自分の「本当の願い」を探して路地を彷徨っている。
ルカ(語り) ……カツン、カツン。 濡れた石畳を叩くブーツの音が、霧の路地に吸い込まれていく。 ここはオールドベイル。 一年中、太陽の光が届かない深い霧の都。 俺の仕事は、この街に無数に立つガス灯に、毎晩火をともして回ることだ。 ……もっとも、燃やしているのはガスじゃない。
ルカ 「……チッ。今日の燃料はハズレだな。ススばかり出やがる。」
ルカ(語り) ガラス扉を開け、ピンセットで「灰色の塊」を火床にくべる。 ……シュッ、ボッ。 マッチの火を近づけると、塊はボワッと燃え上がり、薄暗いオレンジ色の光を放った。
ニナ 「……ルカ。それ、だれの『おねがい』なの?」
ルカ 「さあな。成分分析は専門外だが……燃えカスから推測するに、事業に失敗した商人の『未練』か、金持ちの『強欲』だろう。こういうエゴの塊みたいな願いは、着火は早いがススが出やすくて、煙突の掃除が面倒なんだ。」
ルカ(語り) ガス灯の足元に、いつの間にかニナがしゃがみ込んでいた。 霧の中からふらりと現れる、この街の浮浪児。 彼女は俺の作業を、いつも不思議そうな顔で眺めている。
ニナ 「……エゴ、ってなに?」
ルカ 「自分さえ良ければいい、ってことだ。……逆に、子供の『純粋な初恋』なんかは、ススは出ないが燃焼時間が短すぎる。コスパが悪くて、朝までもたない。」
ニナ 「……へえ。ルカは、おねがいのこと、なんでも知ってるんだね。」
ルカ 「職業柄な。叶わなかった願いや、持ち主に見捨てられた未練。……それらが結晶化した塊を拾い集めて燃やすのが、この街の『灯り守』の仕事だ。この街の連中は、自分の絶望がインフラになっていることなんて、知りもしないがな。」
ニナ 「……でも、きれいに光るよ。あったかいし。」
ルカ 「ああ。皮肉なもんだ。叶わなかった無価値な願いが、こうして夜道を照らす一番の光源になる。……まあ、俺たちにとっては、ただの燃料だ。」
ルカ(語り) 俺は次のガス灯に向かうため、ガラス扉を閉めた。 その時、ニナがマントのポケットから、ゴソゴソと何かを取り出した。
ニナ 「……あのね。これ、燃やしてくれないかな。」
ルカ 「なんだ、それは。」
ニナ 「……おねがい。ずっと前に、路地の裏で拾ったの。……きっと、わたしの『ほんとうのおねがい』だと思って、ずっと持ってたんだけど。」
ルカ(語り) 彼女の手のひらには、真っ黒で、ごつごつとした石ころのような塊が乗っていた。 ひどく古びていて、表面には硬い殻ができている。
ルカ 「……やめておけ。それは燃えない。」
ニナ 「どうして?」
ルカ 「化石化している。……あまりにも長い間、持ち主に捨てられて、誰にも拾われなかった願いだ。希望の成分が完全に抜け落ちて、ただの後悔の塊になってる。どんな火を近づけても、着火しないさ。」
ニナ 「……でも、これ、なんだかすごく冷たいね。」
ルカ 「……ああ。あまりにも長く、深い霧の底に沈んでいたからだ。」
ニナ 「……かわいそう。こんなに冷たいのに、光ることもできないの? ……だれも、あっためてあげないの?」
ルカ(語り) ニナの言葉に、胸の奥で何かがチクリと刺さった。 俺は彼女の手から、その黒い石を無造作に取り上げた。
ルカ 「……貸してみろ。俺の腕を疑ってるなら、証明してやる。」
ルカ(語り) ガラス扉を開け、火床にその石を置く。 ポケットから新しいマッチを取り出し、箱の側面に擦り付けた。 ……シュッ、シュッ。 ……ボッ。 硫黄の匂い。 俺は燃え盛るマッチを、真っ黒な石に押し付けた。 だが、石は黒い煙を少し上げるだけで、一向に火が移らない。
ルカ 「……ほら見ろ。言った通りだ。……ただのゴミだよ、これは。」
ニナ 「……そんなことない。だって、ルカの手に、そっくりだもん。」
ルカ 「……は?」
ニナ 「……その石、ルカの手に持たれてるとき、ちょっとだけ震えてるみたい。……それに、ルカの手、いま、すごく優しくその石を触ってるよ。」
ルカ(語り) 俺は、ハッとして自分の手元を見た。 ピンセットを使わず、素手でその石に触れている自分に気づく。 石の表面の、ひび割れた冷たい感触。 ……その輪郭。その重さ。 俺は、知っている。
ルカ 「……嘘だろ。これは……」
ニナ 「……ルカ?」
ルカ 「……『誰かを温められるような、立派な灯り守になりたい』……。」
ルカ(語り) 口からこぼれ出たのは、十数年前、俺がまだ見習いだった頃の、途方もなく青臭い願いだった。 効率や燃費なんて知らなかった頃。 ただ、冷たい霧に震える誰かを、少しでも安心させたいと願った。 だが、現実はただの燃料の補充作業の繰り返しだ。 いつしか俺は、そんな甘っちょろい願いを、路地裏の泥の中に捨てていた。
ルカ 「……これを、君が拾ったのか。」
ニナ 「……うん。ずっと冷たくて、寂しそうだったから。……わたしの願いじゃなかったけど、ルカのところに持ってくれば、きっと光るって思ったの。」
ルカ(語り) 俺は、真っ黒な石を両手で包み込んだ。 ……痛いほど冷たい。 俺が捨ててから今日まで、この霧の中でずっと、この冷たさに耐えていたのか。
ルカ 「……馬鹿な男だ。自分の願いすら温められないくせに、街の灯りを守るだなんて。」
ニナ 「……ルカ。もう一回、火をつけてみて?」
ルカ(語り) 俺は頷き、石をそっと火床に戻した。 指先の震えを抑えながら、最後の一本のマッチを取り出す。 ……シュッ。 ……ボワッ。 マッチの小さな炎が、石のひび割れに吸い込まれていく。 次の瞬間。
ルカ(語り) ……パァァァン。 微かな弾ける音と共に、真っ黒な殻が内側から崩れ落ちた。 中から現れたのは、目を刺すほどに明るく、そしてどこまでも温かい、黄金色の炎だった。
ニナ 「……わぁっ。……すごく、きれい。」
ルカ 「……ああ。……こんなに、明るかったんだな。」
ルカ(語り) ガス灯のガラス越しに、柔らかな光が路地を照らす。 足元の濡れた石畳が、オレンジ色に輝いている。 霧が晴れていくような、不思議な熱気。 俺の冷え切っていた手先が、じんわりと解けていくのを感じた。
ニナ 「……あったかいね、ルカ。……このおねがい、ちっともゴミなんかじゃないよ。」
ルカ 「……そうだな。燃費は最悪かもしれないが。……この街で一番、いい炎だ。」
ルカ(語り) 俺たちは、しばらくの間、何も言わずにその炎に見入っていた。 捨てられた願いは、決して消えてなくなるわけじゃない。 誰かに拾われ、もう一度火をともされるのを、深い霧の底でじっと待っているのだ。 俺は、ガラス扉を静かに閉め、ニナに向き直った。
ルカ 「……行くぞ、ニナ。まだ火をつけてない灯りが、山ほど残ってる。」
ニナ 「……うん! わたしも手伝う!」
ルカ(語り) ……カツン、カツン。 二人の足音が、路地の奥へと続いていく。 背後で燃える一つのガス灯が、俺たちの影を、長く、優しく、霧の向こうへ伸ばしていた。
【あとがき】
最後まで読んでくださった方々、
誠にありがとうございます。
叶わなかった願いは、決して無駄なものではありません。
それはいつか、あなた自身や、あなたの周りの誰かを温める「一番明るい炎」に変わるはずです。
冷たい霧の夜こそ、心の中の小さな火種を大切にしてください。
では次の作品も楽しんで頂けることを、祈ります。
お疲れ様でした。
カナモノユウキ
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