頼るから頼られる -前編-
僕は、誰かを頼るのが下手だ。
仕事をしていて自分一人じゃ解決できなさそうなことが起こっても、「助けてほしい」「手伝ってほしい」と言えない。
何か苦しいことや辛いことがあっても、「苦しいから話を聞いてほしい」とか「辛いから相談に乗ってほしい」と声を上げることができない。
何もかも一人で難なくこなせるスーパーマンなんていないのに、まして自分はなれやしないと分かっているのに。クールな顔をして困難という敵を次から次へと倒してしまう、そんな「想像上の存在」に、憧れを抱いている節がある。
それに、誰かを頼ることには「申し訳なさ」を感じてしまう。有限の時間をわざわざ「僕のために使っている」状況が、相手の命を間接的に削っているようで、いたたまれない気持ちになる。
だから、周りを頼らない。
それでいて、誰かに「頼られたい」気持ちが強い。誰しも、頼りにされていると感じるのは嬉しいと思うが、僕はその喜びが人一倍大きいのだと思う。
こんな性格だから、「助けてほしい」と言われたら「はい、喜んで!」と二つ返事で引き受けるし、「話を聞いてほしい」とお願いされたら「あなたのために時間とるよ」と反射的に答える。僕を頼った相手が「頼って良かった」と思ってくれるように、できる限りを尽くしたいと考える。
周りに時間を使うのは楽しいけれど、代償として自分のことが疎かになりがちだ。
人の時間は1日24時間と決まっているから、周りに応える時間の割合が増えるほど、他のことに使える時間が少なくなっていくのは、至極当然のことである。そうして自分のことに使う時間が減っていくと、自分のやるべきことが回らなくなってくる。仕事が回らないと、苦しい・辛いというネガティブな感情を抱いてしまうこともあろう。
実際、最近の僕は、自分のために時間を使えていない気がしてならない。誰かを助けることで得られる「手近な快楽」を求めるあまり、自分と向き合うことでしか得られない「別の愉悦」をおざなりにしてしまっている。
こんな時、誰かに「僕、他の人のために時間を使いすぎる癖があって、なんか最近自分の時間が全く取れていない気がするんですよね」なんて軽く悩みを打ち明けられたら、気持ちがラクになるのだろうか?
頼るのが苦手な僕は、結局誰にも言えずに終わる。そうして「ああ、なんて自分は頼るのが下手なんだろう」と、自己嫌悪に陥るのが常だ。
自己分析と面接練習を重ねに重ねた就活生だったら、この性質をどう「強み」に変換するだろうか?
他者貢献のマインドが高い。
誰に対しても優しい。
傾聴力がある。
そう言われると少しばかり気持ちが晴れるけれど、自分の弱みが改善されたわけではない。所詮、言葉の魔法で、上から綺麗な色を塗り付けたに過ぎない。
〈後編に続く〉
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