僕ら3人にしか作れない音楽が、きっとあるって信じてる
2024年の暮れ。「2025年に達成したいこと」を決めるべく、僕はバケットリストの項目を上から順に眺めていた。
バケットリストとは、「死ぬまで(=生きている間)にやりたいことを並べたリスト」のこと。僕の作ったリストには、僕だけの100の夢と希望が詰まっている。全部実現したいのは間違いないが、当然のごとく、一度にすべてを叶えるなんて夢物語なわけで。リストを見ながら、これまでの自分を振り返りつつ、やりたいことに優先順位を付けることにした。
ええと、今年達成できたのは「ボードゲームカフェに行く」ことと「Xのスペースで話をする」ことか。たった2つだけど、まあ楽しかったからいいかな。
来年はどうしよう。「キャンプに行く」はやりたいでしょ。あ、「ボルダリングをする」にも挑戦しようかな。このあたりは、他と比べると実現のハードル低そうだし。とりあえずやってみることにしようっと。あとは、「フットサルをやる」も達成したいな。それから……。
こうして、無事に2025年に叶えるものを「7つ」ピックアップし終えた僕は、確認の意味を込めて、再度頭からバケットリストに目を通し始めた。
リストの半分を過ぎたあたりにある、2つの項目に目が留まった。1つは「AとBくんの3人で演奏をする」こと(AとBには個人名が入っている)。もう1つは「作曲する」ことだ。
音楽に関する2つの夢を抱くに至った一番の要因は、音楽を習っていたことにある。僕は、3、4歳の幼い時期から高2に進級する直前までの長い期間、某音楽教室へ通い「エレクトーン」を習っていた。エレクトーンは鍵盤楽器の一種で、鍵盤が上下2段になっていること、ダイヤルやボタンをいじること様々な音色を奏でられること、足にも音を出すための鍵盤があることなどに特徴がみられる。
習い始めたきっかけは覚えていないけれど、親曰く、ある日突然僕が「ピアノを習いたい」と言ったらしい。普段自分から「○○したい」と言わない子が急にそんなことを言うものだから、親はたいそう驚いたらしく、教室に通わせてみることにしたみたいだ。
なぜ「ピアノ」ではなく「エレクトーン」を習うことになったのか、その真相は分からない。が、恐らく、この年齢の個人レッスンは受け付けていなかったとか、月謝が想定より高かったとか、レッスン内容が(親にとって)魅力的でなかったとか、そんなところだろう。あの頃の僕は、たぶんピアノとエレクトーンの違いなんて分かりゃあしなったから、ピアノでないことに不満を抱いた記憶は一切ない。ちなみに、小学校にあがってから「ピアノ」も習い始めた。ここで、幼い頃の夢が一つ叶ったことになる。
ところで、エレクトーンのレッスンの方式には、一人で受ける「個人レッスン」と複数人で受ける「グループレッスン」とがある。僕が受講していたのは後者。習い始めてから辞めるまでの10年以上に渡り、ずっと「グループレッスン」を受けていた。
1時間~1時間半のレッスンの中では、歌ったり、音楽的な知識を学んだり、曲を演奏したりと、多様なアクティビティを通して音を楽しむ。僕にとっての白眉は、「アンサンブル」の時間だった。
「アンサンブル」とは曲を複数人で演奏する奏法のこと。いわば合唱の楽器バージョンで、演奏者はいくつかのパートに分かれて曲を演奏する。毎週のレッスン。自宅での練習。各人の弾き方。担当するパート。気分。体調。ミスタッチ。それらの要素が複雑に絡み合い、曲が仕上がる。だから、たとえ同じ曲であったとしても、一つとして同じものはない。「人間」という種が、一人ひとり異なっているのとちょうど同じように。
そんな「生き物」らしい音楽をみんなで奏でた後には、一人では生み出せないような大きなものを創りあげられた充実感と達成感と高揚感が、じわりと心に湧いた。とりわけ初めて一曲通して弾き切ったときの悦びときたら、これに勝るものはない。
「アンサンブル」をやりたいがために、僕はエレクトーンのグループレッスンを続けた。中学に進学しても、部活に入っても、高校に進学しても継続した。
一貫して僕の「好き」という感情は変わることはなかったけれど、周りの環境は何度も変わった。一緒にレッスンを受ける子の増減。講師の交代。レッスン会場の変更。長いこと続けていれば、変化が訪れるのは当たり前のことだ。そんな動きのある世界で、僕の気持ち以外に変わらぬものがあった。
それが、AとBくんだ。小学3年の頃から、高校2年に進級するタイミングまでの約7年間、ずっと同じ時間にレッスンを受けていたのがこの2人だった。小学6年までは他にも何人かいたが、中学進学のタイミングでみなグループレッスンを辞め、中1からは3人でレッスンを受講していた。
Aとは、幼稚園・小学校・中学校・高校と同じ学校に通う幼馴染。普段から仲が良く、中高の頃は一緒に登校をしていた。音楽への熱量が幼い時から高く、練習も人一倍こなす彼は、ソロ(一人で演奏すること)も、作曲もこなせるスーパースターだ。でも、その頑張りや才能(本人はこの言葉をかけられるのを嫌っているような節があるが)や自らがとった素晴らしい賞を誇示することは全くなくて。人格的にも尊敬するプレイヤーだ。
一方のBくんとは、小学3年の頃に出会った。住んでいる地域や学校が違うので、同じなのは学年と週に一度レッスン会場で会うことくらい。彼はピアノも習っていたのだが、とにかく上手い。技術のレベルが、僕と比べて(僕と比べるのも申し訳ないくらいなのだが)数ランクも違う。演奏中のクールな雰囲気はとてもカッコよくて、何というかオーラがある。今でも憧れのピアニストだ。
3人とも大人しい性格だったため、レッスンの前後に会話を交わすことはほとんどなかった。レッスン中もしかり。ただ定期的に集まって、一緒に曲を演奏する。時々ある発表会やコンクールに向けた準備を重ねる。で、本番に息の合った演奏を披露する。言葉ではなく音楽で、「アンサンブル」で、僕らは心を通わせていたんだ。
高校1年の2月の発表会をもって、僕らは解散した。それからしばらくは寂しかったけれど、目まぐるしく変化する日常に忙殺されるうち、その気持ちはいつしか薄れていった。薄まりつつも、完全に消えることのない喪失感は、いつしか「また一緒に演奏したい」という感情に変わっていた。
バケットリストに書かれた「AとBくんの3人で演奏をする」の文字を見つめていると、懐かしい思い出が蘇って。やっぱり3人で弾くのは楽しかったなと思う。と同時に、もっと面白いことをしてみたいと一閃した。
それが「作曲」だ。「3人で一つの曲を作りあげる」ことである。
もともと僕のバケットリストにある「作曲する」は、一人で音楽を作ることを想定して書いた。「歌詞のついた曲を作る」という夢である。小さい頃から音楽は身近にあったし、音楽を聴くことも、歌うことも、演奏することも好きだから、自然に「自分でも、曲を作ってみたい」と夢見るのも無理はない。
でも、自分ひとりじゃなくて、3人でやってみたらどうなるだろう?
作曲の経験があるA。ピアノの演奏がうまいBくん。文章を書くのが好きな僕。
作詞:かなりあ(僕) 作曲:A 演奏:Bくん(を含む3人)
これまで誰かの曲を演奏してきた僕らが、僕らの曲を作る。3人で、一曲を仕上げる。そんなことができたら、チョーエモい。完成した暁には、きっと僕の心はあの頃に感じていた「一人では生み出せないような大きなものを創りあげられた充実感と達成感と高揚感」で満たされるのだろう。
僕は「作曲する」の文字のそばに、「3人で曲を作る」と付記した。追記した箇所が目立つよう、黄色に塗った。
新しく生まれた自分の夢。改めて書き加えた文字を眺めると、「果たして本当に良い夢なのだろうか」と疑念が湧いた。夢に良し悪しなんて無いと思いつつ、これに関しては他者も関わるものだ。自分の人生に、誰かを巻き込んでしまって良いのだろうか。
ここで、年末に友人が言っていた「シャンパンタワーの法則」を思い出した。「誰かを満たすには、自分が満たされている必要がある」という話だ。これを踏まえると、自分のわがままに思えていた夢が、「良い」ものに見えてきた。僕が僕の夢を叶えることが、周りにも良い影響を与えるかもしれない。
とはいえ、2人の意向も聞かずに勝手に進められるプロジェクトではない。直接話すタイミングで、機を見計らって提案して、感触が良ければ進めていく。それがいいだろう。
兎にも角にも、話をしないことには始まらない。そう思い、2025年の元旦、僕は数年振りにAに連絡を入れた。
新年明けましておめでとう🎍
元気にしてるかなって気になって、久しぶりに連絡してみた 笑
本当は最初から「会って話したいことがあるんだよね」とか、「実は一緒に曲を作りたいと考えて……」って言いたかったけど、それは唐突すぎると思った。それに、僕の性格上、慎重なコミュニケーションの方が好きだし。
ここからどう発展するか。今の僕にはまだ分からない。
でも、いつの日か、この3人で一曲仕上げてみたい。
音楽を通して交流し続けた、僕ら3人にしか作れない音楽が、きっとあるって信じてるから。
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