犯罪者レストラン 第一章 レストラン創業! 10-レストラン開店!
シューレのデザート作りの道は最初のフロマージュから好調だった。むしろ失敗がこれと言ってないため、逆に後が怖くなるほど。
練習の段階はスヴァンに比べて品数を抑えた四品目をあとは練習を重ねるのみとなっていた。
シューレはカレンダーを見る。季節はもう夏に近い。レストランがオープンするのは二週間後くらいと聞いている。
「みんな、看板とコスチュームが届いたよ!」
トレインが厨房に籠りきりの他三人に声をかけた。
「おお!」
ダルクがすぐに反応してホールに向かう。そしてスヴァンとシューレが後に続いた。
ホールには木材を黒く塗った大きな看板が置かれており、ペンキでお洒落にNoir L'aubeと白い文字で書かれている。
カウンター席には畳まれた四着のコスチュームが置いてあった。サイズやデザインが一人一人違うらしく、宛て名の書かれたメモが上に乗せられている。皆が笑顔になりながら畳まれている服を持ち上げて広げてみると、基本は白いワイシャツに黒のスラックスで統一されていた。それに追加でスヴァンはシェフらしく赤いスカーフが、トレインにはウェイターらしいベストが、と各役職にちなんだオプションがついている。
「そして……ハミエルさんから郵便だよ。会計機も完成したみたいだ! 今夜取りに行こう!」
ダルクは喜びで自然と顔がほころんだ。
「なんだなんだ、一気に色々準備が進んだな!」
「そうだね。いよいよなんだと思うと信じられないよ……」
トレインは感慨深かったのか声が少し震えているようだった。
***
そう言っているうちに開店があと三日に迫った。
「ビラ配りは終わったよ!」
外からトレインとスヴァンが帰ってくる。しかしダルクは、
「すまない、今からリハーサルできるか?」
と、目まぐるしく店内を動きながら声をかけた。
「んだよ、忙しねぇな」
そう言いつつスヴァンも最近は料理に自信がついてきたらしく、笑顔がこぼれている。
シューレはそろそろ止まるタイマーを待ちきれなくて早めに止めた。今日も好調である。
皆が得体の知れぬ高揚感に煽られ動いていた。脳内麻薬というものの味を久々に噛み締めている。
そして全員地に足がつかない感覚に、誰一人気づいていなかった。
***
「Noir L'aubeへようこそ!」
店に並んだ多くの客をダルクが招き入れる。形がどうであれ有言実行、見事発言から三か月でレストラン開店に至った。
心の隅でダルクは願う。どうかあの人が来てくれますように、と。
しかし開店から一時間後、店内には苦言が相次いだ。
「おい、まだ頼んだものが来ないじゃないか!」
「申し訳ありません、もうしばらくお待ちを!」
「もういい、帰るぞ」
客足が減っていく。スヴァンは何度も舌打ちをした。客相手にではない、自分自身に。
「くそ……、くそ! なんでもっと早く作れねぇんだ!」
「だめだよ、スヴァン! そんな急いでゆでたってパスタは固いままだよー!」
「くそ、なんで……」
現実感が、なくなっていく。怖い、恐ろしい。しかも、厨房から微かに眺められるホールに見えるのは、皆がスヴァンの料理を残して帰る姿だった。一体何がどう悪かった? 料理修行の時にみんなが美味いと言ったのは噓だったのか? ……そんな疑心暗鬼に捕らわれる。そんな時に、客のこんな言葉が聞こえてしまった。
「こっちは金払うんだからそれなりに美味いもんだせよな」
スヴァンはその言葉を以前どこかで聞いた。いや、それは紛れもない自分の言葉だ。
『もういらねぇ』とも言った。料理を残すことに対しても『別によくねぇ? 金は払うんだ。どうしようが勝手だろ』と言った。
すべてがダイレクトに跳ね返ってくる。
トレインが肩を落として残された料理を厨房へ持って帰り、なるべくスヴァンの見えないところでそっと捨てる。
その気遣いにすら腹が立った。腹を立てるしか、できなかった。いちいち肩を落とすな、捨てるのなんて見えてんだよ。そんな心無い言葉を口の中に抑えこむだけで精一杯だった。
ダルクが、たまらなくなって客にそれとなく聞く。
「料理のお味はいかがでしたか」
「うーん、お金を取れるレベルじゃないかな。これだったら家内が作る料理の方が美味いよ。デザートはまぁまぁよかったけど」
「申し訳ありませんでした。ご意見ありがとうございます」
さすがに焦った。このままではスヴァンが、みんなの心が、折れてしまう。
そうしていくうちに、最後の客となった。それは親子連れで、父親と幼い娘のようだった。
デザートを食べ終えてその女の子に微かに笑みが見える。
ダルクたち一同はわずかな安堵を抱えた。しかし。
「どうだったかな、満足したかい?」
父親のその問いかけに女の子は上品に口を拭きながら言った。
「料理はさいあくね。おいしくなかったわ」
そう言い捨てて、さっさと会計を済ませて店を出ていく。
「――……」
スヴァンが最後に振り絞っていた気丈さが、心が、折れた。涙が一筋、静かに流れていく。
……初めてだ。物心ついてから泣いたのはきっとこれが、初めて。
棒のようになっていた脚に力が通わなくなり、ガタンと大きな音を立てて床に倒れる。
「スヴァン!!」
トレインが叫んでその体を支えようとしたが、
「見んじゃねぇ!!」
ひどい剣幕で怒声を浴びせられ、そしてその涙を見てしまい「……ごめん」と言って静かにその場を去った。トレインの去り際に肩に手を置かれたシューレも、一足遅れて厨房を出る。
こうしてNoir L'aubeは開店一日目にして休業を迎える。黒い夜のような闇に捕らわれ、その夜が明けることはなかったのだ。
第12話↑
