コンティニュー
古いゲームセンターは駅前から少し離れた場所にある。表の看板は色褪せ、赤かった文字は太陽と雨で薄い桃色になっている。入口脇には営業中の札が下がっているが、透明なアクリル板の内側には細かなひびが走っていた。
店内へ入ると、空気は少し暖かい。煙草が吸えた時代の匂いが壁や天井へ残り続けている。埃、古い配線の熱、湿ったカーペット、清掃用洗剤。その上に電子機器特有の微かな焦げ臭さが重なっていた。
青年は店の奥にいる。
格闘ゲームでも音楽ゲームでもない。
壁際に並んだ古い筐体の一つだった。
液晶ではなくブラウン管を使っている。画面の四隅は僅かに暗く、白い文字の輪郭が少し滲んでいる。スピーカーから流れる電子音も高音域だけが削れ、どこか遠くで鳴っているように聞こえた。
青年はその筐体を何時間も触り続けている。
黒いパーカーの背中には座り皺が残り、肘の部分だけ布が薄くなっていた。椅子へ座る時も立つ時もほとんど音を立てない。
画面にはゲームオーバーの表示が出る。
青年はすぐコインを入れる。
タイトル画面。
スタート。
数分後。
またゲームオーバー。
再びコイン。
その繰り返しだった。
周囲の筐体ではデモ画面が流れている。誰も座っていないレースゲーム。音の消えたクレーンゲーム。故障中の貼り紙が残ったメダル機。
それらの光が断続的に青年の横顔を照らしていた。
手元には百円玉が数枚置かれている。減っていくためではなく、次に使う順番を待っているような置き方だった。
青年は画面を凝視している。
しかし興奮しているようには見えない。
表情はほとんど変わらない。
失敗しても変わらない。
成功しても変わらない。
ただ同じ場所を見続けている。
ブラウン管の走査線が微かに揺れる。
その光が瞳へ映る。
瞳の中でだけ、古いゲームの画面が小さく点滅している。
店内の時計は二十三時を過ぎていた。
だがゲームセンターの中では時間が進んでいるように見えない。
外では終電が近付き、人が帰宅し、コンビニの店員が交代している頃だった。
しかしここでは、ゲームオーバーとコンティニューだけが繰り返されている。
青年は飲みかけの缶コーヒーを足元へ置いている。
缶の表面には結露が消えた跡だけが残り、中身はほとんど残っていない。
それでも捨てない。
視線を外さない。
筐体の側面には古い傷が無数にある。硬貨で削れた跡、靴先が当たった跡、誰かが貼ったシールを剥がした跡。
青年の手は同じレバーを握り続けている。
塗装が剥げた黒い球体。
長年触られ続けた表面だけが不自然に滑らかだった。
やがて画面がまた暗くなる。
ゲームオーバー。
電子音。
ランキング表示。
青年は少しだけ前屈みになる。
百円玉を一枚取る。
投入口へ入れる。
硬貨が落ちる音が筐体の奥で響く。
そして画面は再び明るくなる。
まるで失敗をやり直しているのではなく、終わらせないために続けているように。
青年はブラウン管の青白い光の前で、同じ筐体だけを静かに触り続けていた。
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アンチヒロイズム・メタルロックバンド『カナシバリ』 Vo&G/カナシバリ社長/カナシバリofficial⇒ http://www.kxnxb.com//Twitter ⇒ https://twitter.com/navi_sick