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ECMレコード (Editions of Contemporary Music)の魅力

以前も話したことがありますが、普段、私が音楽を聴く際の一つの指標としているのが「レーベル」です。今回は、その中でも私にとって特別な存在である「ECMレコード」について、少し深掘りしてみたいと思います。

ECMは、日本でも熱狂的なファンの多いレーベルです。設立当初はジャズを核としていましたが、次第にクラシックや現代音楽、さらにはジャンルレスな音響芸術へとその幅を広げ、独自の道を切り拓いてきました。

まずは、この独自の道を歩いてきたレーベルがどのようにして生まれたのか、創設者マンフレート・アイヒャーの物語から始めます。

■マンフレート・アイヒャー
ECMの創立者マンフレート・アイヒャーは、1943年、南ドイツのリンダウで生まれました。音楽家ではない家庭に育ちながらも、幼い頃からクラシック音楽に親しむ環境にありました。

5歳からバイオリンを手にし、ベルリン音楽大学で研鑽を積む中で、彼はコントラバスへと転向します。大きな転機となったのは、ビル・エヴァンス・トリオとの出会いでした。特にベース奏法の革新者スコット・ラファロの演奏に強い衝撃を受け、ジャズの深淵へと足を踏み入れることになります。

その後、プロのコントラバス奏者として活動し、アメリカのジャズ・ピアニスト、ボブ・ディーゲンらと共演するなど、クラシックとジャズの両面で研鑽を積みました。やがて「自らが求める音」を形にするため、1969年、ECMレコードを立ち上げます。一人のプレイヤーとしての感性が、のちにレーベルのサウンドを決定づけることになります。

記念すべき最初のリリースは、マル・ウォルドロンの『フリー・アット・ラスト(Free at Last)』(ECM 1001:1969年)です。

▼Rat Now - Mal Waldron Trio

■沈黙の次に美しい音
ECMの美学を象徴する言葉として知られるのが、
「The Most Beautiful Sound Next To Silence(沈黙の次に美しい音)」というキャッチコピーです。

録音エンジニアにノルウェーのヤン・エリック・コングスハウクらを起用し、独特のリバーブ(残響)が生み出す深い空気感は、後のアンビエント・ミュージックにも通じる静謐な心地よさを湛えています。

また、ECMを語る上で欠かせないのが「総合芸術」としてのビジュアルです。バーバラ&ブルクハルト・ヴォユルシュによる洗練されたタイポグラフィや、写真家ディーター・レームが捉える詩的な風景。

音楽がデータとして消費される現代だからこそ、手元にジャケットを置き、ブックレットの紙質を感じながらその空気感に浸る――そんな「体験」こそがECMの醍醐味だと言えるでしょう。

■創立から現代へ
1969年という時期は、ジャズが大きな転換期を迎えていた時代です。フリー・ジャズによる既存の枠組みの解体が進み、マイルス・デイヴィスがエレクトリック・サウンドへと舵を切るなど、シーンが激動する真っ只中でした。

ECMは、アメリカのフュージョンがロックのエネルギーや電化サウンドを吸収したのとは対照的に、ヨーロッパの冷涼な空気とクラシックの構造美を即興演奏に持ち込みました。

レーベル名のECMはもともと「Editions of Contemporary Music」の頭文字を取ったものです。直訳すれば「現代音楽の版」となりますが、そこには単なる録音物ではなく、一冊の美しい本を編むように「同時代の優れた音楽を、永続的な芸術作品として記録する」というアイヒャーの信念が込められています。

アイヒャーはクラシック音楽の素養を持つコントラバス奏者でした。そのため、最初から「ジャズ」という狭い枠に留まるつもりはなく、現代の即興演奏やクラシック音楽までを含めた、「今、この瞬間に奏でられている普遍的な音楽」を広く世に問うという意図を、その名に込めたのでしょう。

創立当初、ジャズ色の強い作品が多かったのは、当時のシーンにおけるマーケットの吸引力を考慮した現実的な側面もあったはずです。しかし、ECMの歩みはその枠を軽々と飛び越えていきました。

象徴的なのが「ECMニュー・シリーズ(ECM New Series)」の存在です。キース・ジャレットによるJ.S.バッハ演奏や、アルヴォ・ペルト(作曲家)、ギドン・クレーメル(ヴァイオリニスト)、アンドラーシュ・シフ(ピアニスト)といった巨匠たちの録音は、ジャズとクラシックの境界を溶かし、ジャンルという既成概念を無効化していきました。

▼Pärt: Fratres - Gidon Kremer · Keith Jarrett

■代表的なミュージシャン
レーベルを代表するミュージシャンとして、キース・ジャレット、ヤン・ガルバレク、パット・メセニー、チック・コリア、ゲイリー・バートンなどが挙げられます。

特にアイヒャーとキース・ジャレットは、単なるプロデューサーとミュージシャンを超えた極めて深い信頼で結ばれています。1971年、マイルス・デイヴィス・バンドのメンバーとしてヨーロッパ・ツアー中だったキースとアイヒャーは初めて出会いました。同年、アイヒャーのプロデュースにより初のピアノ・ソロ・アルバム『Facing You』を録音。これがECMにとっても、キースにとっても大きな転機となります。

以降、プログラムを決めない完全即興のソロ・コンサートを奨励したり、J.S.バッハやモーツァルトなどのクラシック・現代音楽の領域の録音(New Seriesなど)も後押ししていきます。現在に続くキースの新たな音楽領域の開拓の影には、常にアイヒャーの存在がありました。

キース自身もECMの音響と理念を深く愛しており、半世紀以上にわたり固い絆で結ばれています。アイヒャーもまた、1050番(『ザ・ケルン・コンサート』)や1100番、1200番といった節目のカタログ番号(キリ番)をキース・ジャレットやヤン・ガルバレクの作品に委ねるなど、看板ミュージシャンとして絶大な信頼を寄せています。

ECM 1000番台の節目:
ECM 1001:マル・ウォルドロン『Free at Last』
ECM 1050:キース・ジャレット『ザ・ケルン・コンサート』
ECM 1100:キース・ジャレット『Sun Bear Concerts』(5枚組LP BOX)
ECM 1200:ヤン・ガルバレク『Eventyr』
ECM 1500:ヤン・ガルバレク『Twelve Moons』
ECM 1700:ヤン・ガルバレク&ヒリヤード・アンサンブル『Mnemosyne』
ECM 1800:キース・ジャレット『Always Let Me Go』
ECM 1900:キース・ジャレット『The Carnegie Hall Concert』

* 1600番はジャン=リュック・ゴダール監督の映画『ヌーヴェルヴァーグ』の音源作品。1300番・1400番など、一部のジャストのキリ番はリリースされていません(欠番)。

■おすすめ作品
最後に、ECMの広大な森へ踏み出すための「入り口」を3つご紹介します。ぜひ、ジャケットを眺めながら、その静謐な響きに耳を傾けてみてください。

① キース・ジャレット『ザ・ケルン・コンサート』(1975年)
ECMの代名詞とも言える最高傑作。完全即興によるソロ・ピアノです。ピアノ一台から生まれる宇宙のような広がりと、聴く者の心を浄化するような美しいメロディに触れてみてください。

▼Köln, January 24, 1975, Part I (Live) - Keith Jarrett


② パット・メセニー『ブライト・サイズ・ライフ』(1976年)
ジャズ・ギターの歴史を変えた、パット・メセニーのデビュー作。ジャコ・パストリアスのベースと共に奏でられる音楽は、ジャズという枠を超えた瑞々しい叙情詩です(録音当時メセニー21歳、ジャコ24歳)。

▼Bright Size Life - Pat Metheny


③ ヒリヤード・アンサンブル&ヤン・ガルバレク『オフィチウム』(1994年)
ヤン・ガルバレク(サックス)とヒリヤード・アンサンブル(声楽)が共演した、歴史的な一枚。中世・ルネサンスの古楽と、サックスの現代的な即興が混ざり合う空間は、まさにECMでしか成し得ない「奇跡の調和」です。

▼Garbarek, Morales: Parce Mihi Domine - Jan Garbarek · The Hilliard Ensemble

■おわりに
クラシックとジャズは、本来共に奥深い魅力を持ちながらも、形式や即興性において対極に位置しやすい音楽です。かつて「サード・ストリーム(第三の流れ)」などの運動が試行錯誤したような異ジャンルの力技的な融合には、時に困難が伴いました。

しかしECMは、「現代音楽」や「静寂」「空間の響き」という共通言語を通すことで、極めて自然に、そして高潔に両者を共存させました。さらにバロックや古楽へのアプローチへと昇華させ、単なるアンビエント(環境音楽)とは一線を画す「ジャンルレスな音響芸術」として独自の地位を築いたのです。

ECMのレコードに触れることは、音楽を単なる音の娯楽から、人生に寄り添う「深い体験」へと変えてくれるのかもしれません。チック・コリアの『Return to Forever』もECMからのリリースですが、超有名なアルバムなので、あえて触れませんでした。また機会がありましたら……長くなりましたので今日はこのへんで。

▼The Sigh - Ralph Towner


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