江戸弁〜東京言葉
以前ルーツを調べたことがありました。
私の五代前が信濃国(現長野県)から江戸に来たようです。江戸時代後期は神田明神下御台所町で「信濃屋」という屋号で蕎麦屋を営業していたみたいです。明治生れの亡祖父の話によりますと、武士に飲食代の借金を踏み倒されて潰れたような話を聞いたことがありますが、定かではありません。
尋常小学校卒業して、すぐ板金職人に丁稚奉公をした祖父は江戸弁を話していました。字の読み書きが苦手だったので、言葉を音で覚えたのだと思います。八代目三笑亭可楽の話し方にそっくりで可楽の落語を聞くと祖父を思い出してしまいます。
■江戸弁
江戸弁で有名なのが「ひ」と「し」の発音の混同。祖父もそうでした。あるとき祖父と二人でテレビを見ていました。そのときの会話。
祖父「随分しろい壁だなぁ。」
私 「うん。白い壁だね。」
祖父「ちげぇよ。しろいって言ってんだよ。」
私 「白いよね。」
会話にならず。どうやら祖父は「広い壁」と言いたかったようでした。
私も幼稚園くらいまで「ひ」と「し」が混同していました。あと、捨てるが「すてる」か「ふてる」か分かりませんでした。小学校に入り、これじゃダメだと思い、一度頭の中で文字に変換して言うようにして、直していった経験があります。言葉のリハビリです。
父親も祖父ほどではないけど、江戸弁を使っていました。
私は完全にリハビリができたので江戸弁をあまり話さないのですが、例えば感情的になったりすると、瞬間湯沸かし器になったり、アクセントで江戸弁のような喋り方をすることがあるかもしれません。特に東京下町者同士で喋ると、他の地域出身の方が聞くとちょっと荒っぽく、喧嘩をしているように聞こえるかもしれません。私も怒っている分けではありませんが、語気が強くなったりすることがよくあります。
18世紀の関宿藩(現千葉県野田市)藩士、和田庄太夫正路の随筆「異説区区(いせつまちまち)」によりますと、江戸を見聞した親族が「人々の会話が喧嘩をしているように聞こえた」と語ったとの記載があるそうです。ひと口に江戸言葉と言っても、話す人の居住エリアや職種によって言い回しが違っていたと思います。巻き舌で荒っぽい「べらんめえ調」は、職人同士の口調で、客商売する方たちはあまり使っていないような気がします。江戸弁は一通りではなかったものの、歯切れが良く、勢いがあるのが特徴です。
「江戸言葉辞典」のような本がたくさん売っていますので、読んでみるのも面白いかもしれません。

■東京言葉
著名人で東京(江戸)っぽい喋る方をするなと感じる人には落語家が多いです。例えば古今亭志ん生、志ん朝、立川談志など東京の言葉を感じます。ほかに、永六輔、ビートたけし、高田文夫、浅香光代、伊東四朗、渥美清なども東京を感じさせてくれる話し方です。伊集院光やミュージッシャンの山下達郎の話し方も東京を感じる話し方です。上手く説明できませんが、大阪弁を真似て話すと、生まれも育ちも大阪の方に「ちがう」と言われるようなものに似ているかもしれません。
もっと若い子は東京言葉で話す人が少なくなったかな・・・。今、六代目神田伯山くらいしか思いつきません。だいぶ東京生まれか否かの話し方の差がなくなっています。テレビをはじめとするメディアの力が大きいと思います。でも、標準語を話す人でも「あ、この人は西の方の出身だな」と分かることはあります。アクセントかな?江戸弁や東京言葉を知ったうえで、江戸落語を聞くのもオススメです。
■べらぼう
今年NHKの大河ドラマで「べらぼう」をやっていますが、面白いですね。毎週かみさんと夢中になって見ています。ちなみに、かみさんも東京出身です。下町生れ、下町育ちなので、類に漏れず東京気質であります。
「べらぼう」に話を戻します。
もともとは人をののしる言葉だった「べらぼう」ですが、普通でない者に対して用いられていたことから、新しい意味になり、「程度が桁外れなこと」、「はなはだしい様子」、「常識では考えられないばかげたこと」を意味する江戸方言として使われるようになります。「江戸ことば・東京ことば」(教育出版)によれば、「べらぼう」は穀物を潰す「へら棒」が語源で、「穀潰し」の意味であるともいいます。
大沢親分(日本ハムファイターズ元監督)が良く言っていた「べらんめぇ」は「べらぼうめ」がくずれた言い方です。ちょっと話すときの枕詞のような感じがあります。「このバカ野郎」みたいなニュアンスもあります。
また、江戸っ子は短気なので言葉を短くすることも良くあります。「あたぼうよ」は、「あたりまえよ、べらぼうめ」を短くした言葉です。
大河ドラマ「べらぼう」でも、なるべく江戸弁を使うような設定で進んでいますが、多分誰でも分かる範囲での設定にしていると思います。
さすがに祖父から「べらぼう」と聞いた記憶がありません。
言っていたのかな?忘れたー。

