江戸の町の男と女~誹風柳多留より
江戸の町は、参勤交代で大量の男が流入する男性中心の町だった。女性が少ないから、男性は女性の周りに集まってくる。そして、男と女の物語があり、川柳作者はそこに目をつける。
江戸時代の川柳を古川柳という。七七の問題(前句という)があり、それに対する五七五を一般人がつくり投稿する。優秀作には賞金が出るというものだった。
その優秀作を集めた「誹風柳多留」の作品を紹介する。句の前の数字は、「誹風柳多留」の巻数と作品番号。
四五人の親とは見えぬ舞の袖
1-27四五人の親とは見えぬ舞の袖 はやりこそすれはやりこそすれ
前句が「はやりこそすれ」なので、当時流行していた美しい芸者をさす。その芸者にはもう四五人も子どもがいる、けっこう年齢もいっている女性なのだ。それでも美しいものは美しい。
芳町で年増のぶんは二役し
2-408よし町でとしまの分は弐役し やわらかな事やわらかな事
日本橋の芳町には男色の陰間茶屋があった。男性客を相手にする陰間も二十歳をこすと年増となり、男だけでなく女の客もとるようになった。陰間にとっては男とせっくすするのが当たり前で、女とのせっくすは考えられなかったのだろう。
丸山でかかとの無いもまれに産み
1-540丸山でかかとの無いもまれに産み こぼれたりけりこぼれたりけり
丸山遊郭は長崎にあり、出島のオランダ人を相手にする。当時の人々は、オランダ人はかかとがないのでクツの後ろが高くなっているのだとうわさした。だから、オランダ人の子を妊娠したら、かかとのない子もたまには産まれるだろう、という句。
「こぼれた」というのは精子がこぼれてもれたってことかな。う~ん、お下劣。
ちなみに、ドイツ人シーボルトの娘である楠本イネ(1827~1903)は、西洋医学を学んだ初の女医として有名。昔からハーフ、いやダブルっていうのか、あいの子と差別されながらも活躍する人もいた。医者になることもでき、ただ差別の時代だったわけでもない。
花守の生まれかはりか奥家老
1-85花守の生れかはりか奥家老 やさしかりけりやさしかりけり
武家屋敷の奥家老は、女性ばかりに囲まれている。きっと前世では美しい花に囲まれているやさしい花守だったのだろう、という句。
初雪に雀罠とは恥知らず
1-225はつ雪に雀罠とははじ知らず いやしかりけりいやしかりけり
風流な初雪の日に、ヒモを引っ張ったらカゴが落ちてくるスズメの罠をしかけるとは、なんとも風流をわからない恥知らずな、いやしいやつだ。
焼き鳥は、本来はすずめの肉だった。
婚礼を笑つて延ばす使者を立
1-113婚礼を笑つて延ばす使者を立 自由なりけり自由なりけり
大きな結婚式は、予約の会場やお客の都合で、日時の変更はできないが、当時の庶民の結婚は、男の家で、身内が集まってする簡単なものだった。だから、「自由」に日時の変更もできる。そして、結婚式の後には初夜が待っている。
この句の日延べの理由は、花嫁が生理になったから。それでは無事に初夜が迎えられないだろうと、笑いながら「ごめんごめん、延期延期」と言いに行ったのだろう。
遊郭で遊ぶ男がおり、男色の男もおり、その男を買う女もいた。性の解放区のような江戸時代にも、普通に結婚をする男と女もあたりまえにいた。
こんな句もある。
仲人へ四五日のばす低い声
1-195仲人へ四五日のばすひくい声 もつともな事もつともな事
結婚式の日延べは、やっぱり笑いながらではなく、低い声で言うべきだろう。そして四五日と日数も指定している。そこまですべきだ。
もっとも「もっともなこと」と、それじゃあ仕方ないなあという例の理由で延期になったのだろう。
江戸の町では、今と同じように、こんな男と女のドラマが、あちらでもこちらでも展開していた。
タイトル画像は黄表紙「亀山人家妖」より。その作品はこちら、
「誹風柳多留」の古川柳のまとめはこちらの後半部分に今まで紹介したもの全て載せている、
