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莫切自根金生木③~噴煙ならぬ金の降る町

 浅間山が噴火し(1783)、異常気象により天明の大飢饉(1782~1788)が起きた江戸時代。不安な現実を忘れさせるかのように、金金金を主題とした物語。
 黄表紙きびょうし、「莫切自根金生木きるなのねからかねのなるき」(唐来参和とうらいさんな作、1785刊)三巻の現代語訳の三回目、最終回。
 金をらそうとする萬々まんまん奮闘ふんとうやいかに。

 


下巻
十五

 金をらすには、普通のやり方ではできまいと、知恵をめぐらし、三保みほの松原の松をらせて、江戸まで運ばせると、よもや金もなくなりそうなものと、まず人を集め入札をする。
萬々「高く値をつけた方へ落とすから、できるだけ高く見積もれよ」
入札の男「入札でござりますので、ずいぶんもうかるように見積もりました」

 


十六

 翌日、早朝より、金にあかして土地を買い、人を集めて多くの松をらせれば、中から石のひつり出し、開けてみれば、またまた金なので、びっくりしすぎてこしが抜ける。
萬々「金ほどつらいものはなし。おれは、どんな因果いんがで、こんなに金にえんがあるのか。まいったまいった」
人夫「まだまだこんなひつが二三百もござります」

 


十七

 萬々まんまんは、腰が抜けたのがもっけのさいわい、治療に金を使おうと思えども、けろっとなおりければ、もはやこれまでかと観念かんねんし、家へ帰り、金々先生の例にならって、くらの金銀を残らず取り出し、海中へ捨てさせる
萬々「今まで金にうらみは数々あれど、これでほっと一息」
妻「残らず捨てたら、あとへ清めの塩をまきましょう」
人夫「まだ奥の蔵が全然手つかずだ。みんな、かせいで、捨てた捨てた」
人夫「これこれ、そこらへこぼれぬように運びなせえ」

 


十八

 ありったけの金銀残らず捨てて、今は心も晴れ晴れと喜ぶおりから、捨てたはずの金銀がひとかたまりになって、空中へ飛び上がれば、このいきおいに引かれて、世界中の金銀が集まり、萬々の金蔵めざして飛び来るは、目も当てられぬ次第しだいなれば、家中の者を蔵の屋根へあげて、金が来るのをふせがせる。
 金は、ウンウン、ウンウンとうなっている。
人「金のうなる声を初めて聞いた。なるほど、ウンウンというのか」
人「江戸の火事の火消しのようだが、こちらは黄金おうごん旦那だんなおおごん(黄金)まりだろう(大困り)」

 


十九

 てた金銀、世間せけんの金といっしょになって、倍増ばいましになって飛んでくれば、今は家にもおりづらく、夫婦そろって家を飛び出し、野山もかまわず歩きつづければ、以前に金を借りた人々、今は金持ちとなり、借りた金に利息を多めにして持ってきて、どうしても返済へんさいさせろと声をあげては、金をおしつける。
人々「元利がんりそろえて返済へんさいに行ったら、留守るすだっていうから、ここまで追っかけてまいった」
人々「わしらは、おかげで金持ちになりました。そのおんを忘れろとは、ちょっとひどいじゃありませんか」
人々「受け取りなされなければ、裁判してでも返済へんさいもうす」
萬々「置きどころのない金は、どうしたって置きどころはござらぬ」
妻「ほんに、金持ちの女房にはなるものじゃないさ」

 


二十

 その後、夫婦は心を改め、わが家へ帰りは帰ったけれど、金で居場所のないほど、めでたく迎える新春の趣向しゅこうも、お笑い草双紙くさぞうしと、おんずかしくそうろう。

 


 物語は、ここで終了。



 黄表紙は正月に発行された。めでたい話が中心になるが、金があふれる話ながら、現実には災害や飢饉ききんがつづき、金がないから、人々はおもしろがって、あえて金を題材にした黄表紙を読んでいた。作者も、つらい世の中だからこそ、現実を忘れられる作品をつくっていた。

 

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