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扨化狐通人①~江戸の昔の稲荷神社巡り

 稲荷いなり神社は全国にあり信仰されていた。稲荷神いなりのかみ穀物こくもつの神で、その使つかいとしてきつねがいる。稲荷神社ではない神社でも、境内けいだいの横の方に赤い鳥居とりいがあり、狐の像があり、小さなほこらがあれば、それは稲荷神社である。
 一つの神社に複数の神ややしろがまつられていることが日本の神社には多い。ユダヤ教やイスラム教のような一神教ではなく、複数の神が、一つの場所で共生できるのが日本の宗教なのだ。

 狐は田圃たんぼの米を食べるねずみって食べるので、穀物の守り神と考えられていたのだろう。そして狐自体が神社の本体とも考えられるようにもなった。

 その稲荷神社を主題とした「扨化狐通人さてもばけたりきつねのつうじん」は、伊庭可笑いばかしょう(1747?~1783)作、鳥居清長とりいきよなが(1752~1815)画、安永九年1780、西村与八よはちから刊行の黄表紙きびょうし、二巻二冊。
 その現代語訳(意訳)を二回に分けて紹介する。

 


上巻

 ここに松川村というところに、年を白狐しろぎつねあり。娘を三崎稲荷みさきいなり(千代田区)の三崎みさきと言い、今年二×八にはち=十六歳の花盛はなざかり、田舎いなかには珍しい器量きりょうなりしが、近頃、谷中やなか笠森稲荷かさもりいなり(台東区)から養子ようしをもらい、それは衣笠きぬがさ森之丞もりのじょうと言えり。これも色男ならぬ色狐にてありける。いまだ三崎みさきと結婚はしていないが、互いに思い合って、なかむつまじく暮らしける。
 
父「このごろは、森之丞もりのじょうめが、通人つうじん気取きどりで毎晩毎晩出歩くが、どうせろくなところへは行くまい。おまえ、ちょっと意見してやっておくれ」
 手代てだい九郎介稲荷くろすけいなり(台東区、吉原遊郭ゆうかく内)の九郎介くろすけ、気の毒がる。
九郎介「ちと私が、ご意見をもうしましょう」
母「されば私も、そう思います。とかく早く結婚させて、落ち着きたいものでございます」

 


 さても手代てだい九郎介くろすけは、うわべは忠義ちゅうぎ者に見えるけれども、なんとか森之丞もりのじょうを追い出し、跡目あとめを横取りして、娘の三崎みさきと結婚しようと、いろいろ計画し、まずは森之丞もりのじょうを流行の通人つうじんとしたりける。
 
九郎介「なんと若旦那わかだんな極楽ごくらくとは吉原のこと。ほかにはないところさ。こうけた姿は中村仲蔵なかぞう秀鶴しゅうかくのようでござりましょう」
 森之丞もりのじょう九郎介くろすけのすすめで色男に化けて、流行はやりのまげ長羽織ながばおりおびはちょっと古いけれども稲荷神社におなじみの赤い緋博多ひはかたで出かけ、いつのころからか、吉原ならぬ、しの原というくるわに通い、真崎まつさき稲荷(荒川区)の真崎まつさきという有名な太夫たゆうに深くなじみ、このごろは、少し金も足りなくなって、九郎介くろすけと相談し、いろいろ工夫くふうする。
 
 しの原というくるわは、野狐が人をたぶらかそうと、色よい傾城けいせいけて繁盛はんじょうしていることは、吉原と同じなり。
 なかでも真崎まつさきは、森之丞もりのじょうにあこがれ、他の客には冷たくし、明け暮れ森之丞もりのじょうを思いける。
 
真崎「あれあれ、森さんがいらっしゃった。あの九郎介くろすけさんの顔は、なんとも憎々にくにくしい」

 


 その夜、九郎介くろすけ森之丞もりのじょうくるわへ連れて行き、自分一人帰って、「よきおりなり」と、三崎みさきをつかまえ、口説くどく。
 
九郎介「これさ、あのバカ旦那だんな真崎まつさきという美しい女にれて、おまえのことは思い出しもせず、また、真崎まつさきの方もとんだれよう。そりゃそうさ、おまえの前ではキツネのお面のような顔をしているのに、真崎まつさきの前では大の色男に化けてみせるんだから、れるも道理どうりさ。あんな人でなしは忘れて、おれとつきあいなさい。おまえが望むなら、すぐにとんだ色男に化けやんす」
三崎「これこれ九郎介くろすけ、主人の娘に、しかも森之丞もりのじょうという男がいるのに、ああ、いやらしい。そこ、放しや。ととさん、かかさんに言いつけるぞえ」
九郎介「そう腹を立てているところが、またたまらねえ。ちょっとちょっと」

 


 森之丞もりのじょう真崎まつさきにのめりこみ、日夜通って、今はくるわの支払いに困り、悩んでいるときに、九郎介くろすけが知恵を出して、この家に伝わる宝の宝珠ほうじゅかぎを盗み出し、質屋に入れて三百両を手にする。
 
九郎介「若旦那わかだんな、静かに静かに。まんまとしてやりました。親のものは子のもの。尻尾しっぽが出たら、それはそのときのことさ」
森之丞「どうぞ、よいようにしておくれ。後でバレて尻尾しっぽが出なければいいが」

 


 その後、白狐夫婦は、九郎介くろすけを呼んで、
森之丞もりのじょうの行いが悪くなっているので勘当かんどうしようと思っている」
と相談すれば、「してやったり」と思いながら九郎介くろすけは、
「なるほど、ごもっともにぞんじます。いまだごぞんじはないでしょうが、お家の宝、宝珠ほうじゅかぎまで、とうにしちに入れ、くらは空になっております」
と言うので、夫婦、きもをつぶす。
 
親父「せがれめ、っくきやつ、くるわ狂いのあまり、宝物まで失い、先祖への言い訳ができない。えんを切っての勘当かんどうじゃ。出てせろ」
娘の三崎みさき「かあさん、なんとかしようはござんせぬか」
母「どうも、あの人のあの腹立ちでは、いくらわびてもどうにもなりますまい。
これこれ森之丞もりのじょう、どうぞ宝の品を取りもどしてきたならば、そのときは私がとりなして、勘当かんどうをゆるしてもらいましょう。これから心を入れえて辛抱しんぼうし、とかく宝を取りもどすことじゃ。なんとも不憫ふびんなことじゃ。
婿殿むこどの、さらばさらば」
九郎介「どうも気の毒なことだ。しかし、身から出たさびだから、しかたない。おお、おお、みすぼらしい姿。思い知りましたか」
森之丞「自分がしたことだから何も言われぬ。しかし、九郎介くろすけ、覚えておけよ。
お二人様、三崎みさきも、さらばさらば」

 


 それより九郎介くろすけは、また三崎みさき口説くどけども、聞き入れず。そのことを父母にげれば、九郎介くろすけは家にもいられず、ある夜、土蔵どぞうへ忍び込み、金を盗んで家を出る。
 
九郎介「あの女狐めぎつねめ、あれだけ口説くどいたのに、あわびの貝の片思い、にくさも憎し。この金と、この前しちに入れた宝物の代金とあわせて五、六百両。しめしめ。これで吉原遊郭ゆうかくの近くに住んで暮らしましょう。ははあ、それそれ」

 


 かくて森之丞もりのじょうは、父の機嫌きげんをそこね、宝のありかは知れても、取りもどす金もなく、ただにくきは九郎介くろすけと思えども、これも行方ゆくえ不明。今はたよるものもなく、馴染なじみを重ねた真崎まつさきのところへ、また色男に化けて来て、金の工面くめんを頼む。
 
真崎「必ず心配しなんすな。なんとかしようがありんしょう。この苦労もみんな私ゆえ、堪忍かんにんしてくんないし」
森之丞「こんな身になって、顔をあわすも恥ずかしいけれども、どうしようもなくなってやってきました。くれぐれもたのみます」

 


 真崎まつさき森之丞もりのじょうに頼まれ、なんとかしようと思えども、今の世の中、狐の仲間でも金はめったに出さない。ふと思いつき、奥庭の手水鉢ちょうずばち無間むげんかねをつく。
「たとえこの身は無間地獄むげんじごくに落ちるとも、いとしい男のためじゃもの。南無なむ日本の国々の神様、金ならたったの三百両、どうぞおさずけくださんせ」
 あんまりたたいたら、ひしゃくの頭がぬけた。
 なかなか近頃の無間むげんかねは、ひしゃくのいたむばかり、何にも出てこない。
 真崎まつさきも、「ほんに、どうしようね」と、あきれる。

 


次回につづく、 

 


黄表紙の始まりといわれる恋川春町こいかわはるまちの「金々先生栄花夢きんきんせんせいえいがのゆめ」の現代語訳は、こちら、

黄表紙の代表作、山東京伝さんとうきょうでんの「江戸生艶気樺焼えどうまれうわきのかばやき」の現代語訳は、こちら、

これらの中に、他の黄表紙の紹介もあるので見てほしい。
 

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