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遊郭の周りにはこんな人たちもいた~江戸の古川柳

 江戸時代の男たちの社交場、遊郭ゆうかくには女郎がいるが、その周りにもいろいろな人がいる。そんな人たちをんだ川柳もある。
 古川柳こせんりゅうとよばれる江戸の川柳、柄井からい川柳せんりゅうが選んだ投稿とうこう作品の優秀作を集めた「誹風はいふう柳多留やなぎたる」にはこんな作品がある。

 


深川のふみには二文にもんえてやり

2-281深川のふみには二文にもんそえてやり  やくそくをするやくそくをする

 古川柳は、最初に七七の前句まえくとよばれるおだいがある。それが「やくそくをするやくそくをする」で、「約束やくそくするものな~に?」と聞き、それに対する五七五を考え、投稿とうこうしたものだ。
 ここでは、約束の手紙だろうと考え、作者は作品をつくった。
 「ふみ」は手紙のことで、深川へ送る手紙とは、深川遊郭ゆうかくの女郎に送る、約束の手紙のこと。
 深川へ行くための永代橋えいたいばしを渡るには、渡しちんが二もん(100円程度)必要だった。そのため、手紙の料金のほかに二文必要だといっている。
 ちなみに、遊女と客との間で、手紙を持って行く人を「ふみ使い」といい、これはこれで商売になっていた。
 遊女に手紙を送るのは常連じょうれんのお客だろうが、こういう交流もあったのが、遊女と客の関係だった。

 


煮売にうり屋で飲ませて帰すふみ使い

3-499にうり屋でのませてかえす文使ふみづかい  あぶなかりけりあぶなかりけり

 前句まえくは「あぶなかりけり」で、「あぶない、やばいものな~に?」と聞かれて、ぱっと浮かんだのが女郎屋遊びだろう。遊郭なんて行っていません、という顔をしている亭主ていしゅのところへ、遊郭からのふみ使いが手紙を持ってやって来た。
 これはやばいやばいと、煮売にうり屋へ連れて行き、一杯いっぱい飲ませて帰したという句。
 煮売にうり屋は、煮物にものなどをつまみながら一杯飲める安い飲み屋。家族には聞かせられない話をしたのだろう。
 余談よだんですが、飲み屋というものが増えたのは江戸時代から。江戸の町には多くの酒屋ができ、酒屋でちょいと飲めるようにしたのが居酒屋いざかやで、女性よりも男性が多かった江戸の町で、ちょっとした料理が食べられ酒も飲めるのが煮売にうり屋だった。
 さらに余談ですが、酒のブランドとして神戸のなだ一本があるが、これは船便が発達し、神戸の港から江戸まで船で酒が運ばれるようになってブランド化した。それまでは京都の伏見ふしみの酒などの方が有名だったが、流通の便べんによって神戸が勝っていった。
 さらにさらに余談ですが、神戸から広がったといったら、こんなものもある。「へぇ~」をもらえますか。

 


たいこ持ち がっかりとしてよめに会い

3-19たいこもちがつかりがっかりとしてよめ逢ひあい  あくな事かなあくな事かな

 前句まえくの「あくなこと」は、うまくいかない、不快な、という意味だろうか。
 「たいこ持ち」は、お客の機嫌きげんを取って場を盛り上げる人で、それが遊郭ゆうかくでは職業となっていた。
 このたいこ持ちは、なじみの客が最近遊郭に来ないので、どうしているかとご機嫌きげんうかがいにやって来た。すると、いつの間にか、そのお客は結婚していて、よめが出てきた。ひとり者なら女郎遊びもおおっぴらにできるが、嫁がいたらそんなに遊ぶこともできなくなる。これはダメだとがっかりした、という句だろう。

 


 このように、江戸の町にはいろいろな職業が生まれ、経済が発展し、人々はさまざまな活動をしていた。

 


今まで多くの古川柳を紹介してきたが、それらは全て、次のリンク先の後半部分に紹介している、

遊女の生活をもとに描いた黄表紙きびょうし九界十年くがいじゅうねん色地獄いろじごく」はこちら、

遊女の生活をマンガチックに描いた「十四傾城じゅうしけいせい腹之内はらのうち」はこちら、

タイトル画像は、黄表紙「奇事中洲話」の一場面、

 

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