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江戸の街角の日常生活~誹風柳多留より

 江戸の人たちも、現代に生きる我々と同じように生活していた。川柳を見ると、そんなことがよくわかる。
 江戸時代の川柳を古川柳こせんりゅうという。七七の問題(前句まえくという)があり、それに対する五七五を一般人がつくり投稿する。優秀作には賞金が出るというものだった。
 その優秀作を集めた「誹風はいふう柳多留やなぎたる」の作品を紹介する。句の前の数字は、「誹風柳多留」の巻数と作品番号。

 


かみなりをまねて腹がけやっとさせ

1-2かみなりをまねて腹がけやつとさせ  こいことかなこはいことかな

 子どもにとって「恐いこと」はかみなり。ピカッ、ゴロゴロときたら「雷におヘソを取られるよ」と言われた。おなかが冷えないように腹巻をさせようとしたら、いやがって逃げ回っている子どもも、雷が鳴るマネをすると、やっと腹巻をした。

 


そこかいてとはいやらしい夫婦仲

1-432そこかいてとはいやらしい夫婦仲  むつまじ事むつまじひ事

 なかむつまじい夫婦の一場面。「あっ、そこそこ。そこをかいて」と女房が夫にたのんでいる。いやらしいなと思いながらもうらやましい夫婦仲。

 


「しばらく」の声なかりせば非業ひごうの死

1-76しばらくの声なかりせば非業ひごうの死  うんのよい事うんのよい事

 歌舞伎かぶきの「しばらく」は、よく知られている。物語の中で「しばらく」の声がなかったら登場人物は死んでいただろう、という句。前句まえくは「運がよい」とある。
 
 歌舞伎かぶきは江戸の人々の娯楽ごらくのひとつだった。
こんな句もある。

桟敷さじきから出ると男を先へたて

1-413桟敷さじきから出ると男を先へたて  おしあいにけりおし合にけり

 押し合いへし合いの歌舞伎公演の前の席では女性がキャーキャー言っている。でも、舞台が終わり、出るときには、夫を立てて、女房は夫の後からしゃなりしゃなりと出ていくものだ。

 


別当べっとうは馬やきつねで茶をわかし

1-369別当べっとうは馬やきつねで茶をわかし  沢山たくさんな事沢山な事

 別当べっとうは、神社の事務をまとめる者。神社には、馬や狐をえがいた絵馬が「たくさん」ある。その古くなったものはき付けにしてお茶でもわかしているのだろう、という句。

 


小侍こざむらいくも下水げすいをくらし

2-479小侍こざむらいくも下水げすいをくらし  つら事かなつらひ事かな

 小侍こざむらいは、下級旗本はたもとの年少の使用人。生活が苦しいので内職をして生活している。その仕事がクモをつかまえることと、下水の中のボウフラやイトミミズをつかまえること。クモはウグイスのエサとなり、ボウフラは金魚のエサとなる。「つらい」生活をしている武士に対して、裕福な町人は、ウグイスを飼育し、金魚を飼っていた。

 


妖怪ようかいの中でもぬゑぬえ細工さいくすぎ

3-711やうくわいようかいの中でもぬゑぬえ細工さいくすぎ  いろいろがあるいろいろがある

 百鬼夜行ひゃっきやこうなど、妖怪の絵がよくえがかれ、妖怪が一般的になった江戸時代だが、妖怪の中でもぬえは、漢字は夜の鳥だが、頭はサル、しっぽはヘビ、手足はトラというキメラのような妖怪として知られている。
 妖怪や幽霊は、人間が立ち入ることができない別世界の存在だったのが、人間中心の、今を大事にする浮世うきよとなると、妖怪もキャラクター化し、怖さがだんだんなくなっていく。

 


わが作の立ち聞きをする門左衛門もんざえもん

2-394我作わがさく立聞たちぎきをする門ざもん  はなやかな事はなやかな事

 「はなやか」な近松門左衛門の作品だが、作者は、自分の作品の評判が気になって、立ち聞きをしているだろう、という句。
 
 現世中心の江戸時代には、近松門左衛門も、エゴサーチするように、自分のことが気になってばかりいたろうと、これは江戸時代後期の川柳作者の思い。

 近松門左衛門、松尾芭蕉、井原西鶴の三大文学者は、江戸時代前期の人。まだまだ現世中心とはいえない前近代的な時代だった。
 我々が、江戸時代は前近代的だと思うように、長い江戸時代では、後期の人たちは、前期の人たちを昔の人だと思っていただろう。また、前期の文学者は、芭蕉をのぞくと、みな上方かみがたで活躍していた。江戸の人たちは、上方に追いつけ追いこせと思っていただろう。現在の東京と大阪とは逆の世界だった。

 


タイトル画像は歌川国芳くによしぬえ模写。本物はもっと色が深い深いおもむきをもっている。


誹風柳多留」の古川柳のまとめはこちらの後半部分に今まで紹介したもの全て載せている、

 

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