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京伝憂世之酔醒③~江戸の町で夢を追っても……

 仙術せんじゅつさずけられた京伝の物語。夢がかなわぬ世の中だから、せめて草双紙くさぞうし(とうじの絵本)の世界で夢をかなえていく物語。
 「京伝きょうでん憂世之酔醒うきよのえいざめ」は、山東京伝さんとうきょうでん作、兎角亭亀毛とかくていきもう画の黄表紙きびょうし(1790刊)。全三巻の三回目、最終回の現代語訳。 

 家に女性がほしいといえば、三人の美女があらわれた京伝は……。

 


下巻
十二

 京伝きょうでん大人おとなげなく、十代の振り袖ふりそでに決めると、あとの二人は、たちまち消えてなくなる。さてさて、仙術せんじゅつ重宝ちょうほうなるものなり。
 それより、その振り袖ふりそでと昼夜まじわり暮らし、今夜は鈴木屋のうなぎ蒲焼かばや、明日は茨木産の牛蒡ごぼう、あさっては生卵、そのあさっては山のいもかもり肉、車海老くるまえびと、精力のつくものを食べては、炬燵こたつでやぐら、ひざやぐら、ありゃありゃありゃ、やっとこせ、というほど調子にのる。
女「塩梅あんばいはどうでござりますか」
京伝「まだちとからい」

 


十三

 京伝、はや昔の不自由なときを忘れ、今までのことは、みな金があればできることなので、これからは、ちと金だけではできぬことをしてみようと思い、一日、浅草寺せんそうじ観音堂かんのんどうの奥山をぶらつくと、お大名の姫君と見える方が、おおぜいの女中を連れて、蒔絵まきえの乗り物から出てくるのを見ると、二八にはち十六歳くらいで美しく、京伝、それを見るよりきもがでんぐり返り、これこそ金ではできぬことと思い、たちまち、「なったりなったり」と手拍子てびょうしを打つと、かの姫君からまねきたまうので、そばに行けども、誰もとがめる者なく、乗り物の中に入り、戸を閉めて、せまいその中で……、さてさて、これから後のことは、どうにも言われねえ。
京伝「ああ、歌舞伎の女形おやま路考ろこう瀬川菊之丞せがわきくのじょう杜若とじゃく岩井半四郎に山下万菊まんきくを足して三で割ったような女性じゃないか。一回やりたいやりたい」

 


十四

 京伝は、仙術せんじゅつにて、思いをとげると、乗り物から出るところを奥家老おくかろうの、実守角太夫さねもりかくたゆう、見とがめて、「それ、狼藉者ろうぜきもの」と、おおぜいの家来でしばりつけ、屋敷やしきへ連れて行こうというところへ、旦那だんな寺の和尚おしょうが通りかかり、
「これは、わが檀家だんかの者なり」
と、さまざまわびを申し、
「その代わり、皆様の前で、京伝を坊主ぼうずにします。これでどうでしょう」
と言うやいなや、一陣いちじんの風が吹き、姫も家老かろうともの人々も、和尚おしょうさえも消えせてしまう。観音堂の奥山と思いしは、いつぞや仙術をさずかった真崎まつさきで、身にはむしろや破れた紙合羽かみがっぱを着ていれば、今までのことはすべてきつねのしわざなりと初めて知る。
角太夫「にくいやつでござる。姫君ひめぎみの処女をうばいました」
和尚「私に彼の命をくださりませ」
京伝「どうしたって、これは夢かうつつ草双紙くさぞうしに違いないわえ」

 


十五

 京伝は、呆然ぼうぜんとして家へ帰り、髪の毛がなくなった頭をなでていれば、見知らぬ男四五人やってきて、「金をはらえ」と言う。請求書せいきゅうしょを見れば、江戸の名物と思いしは、中橋なかはし腹太餅はらふともち高輪たかなわ牡丹餅ぼたもちなどのお手頃てごろなお菓子、つうの身だしなみと思いしは、むしろに破れた紙合羽かみがっぱ、雑貨屋のリサイクル煙管きせる、深川の遊郭ゆうかくと思いしは、安い店、芝居しばいと思いしは、素人しろうと芝居、めかけと思いしは安い女郎じょろう、以上、しめ三十貫文かんもん(三万もん=約六両)、今日までの約束なので、「さあ払え」とひしめく。
京伝「そんなら仙人せんにんと思ったのも、やっぱりきつねだったのか。仙人になる薬も、鼻くそでも丸めたものだろう。さてさてさてさてさてさてさてさて」
男「おまえの態度はおかしいの」
男「おまえの確かな印鑑いんかんももらったので、信用したのですぞ」

 


十六

 京伝は、二度びっくり。きつねのやつ、かすなら、金のいらぬようにかしてくれと、さてさて、無慈悲むじひきつねめ、といかれども、しかたなく、男たちは「早く金を出せ」と言う。みなみな狐の仕業しわざで、確かに京伝の印鑑いんかんを持って行ったので言い訳いいわけはできないけれど、三十貫文かんもんという金は工面くめんできず、ようよう男たちをなだめて、少しの家財道具を抵当ていとうにして、この場をのがれる。残ったのはふんどし一つ、いくら考えてもはじまらない。
いわく、
やむなやむな、本当の遊びをさせたら、そんな金額じゃおさまらない。安物ですませたのは、贔屓ひいきのおまけだ」
京伝「ほんに狐らに、おカマをられなかったのが、めっけものだ。ここらで狂歌を一首みたいところだ」

 


十七

 京伝、つらつら思いめぐらしけるに、むべなるかな、もっともなりと、道理どうりそむいた大きな願いを持ったのを、きつねかされたのは、がためを思った天の教えなり。安いお菓子を美食びしょくと思うことができ、安い遊女を美人と思うことができた。ああ、幸せとは心持こころもち一つなりと、たちまちさとりをひらいて、長く質素しっそな生活をし、心豊かな正月の春を迎えけるとなん。
めでたしめでたし

 


 黄表紙きびょうしなどの草双紙くさぞうし(絵本)は正月に発行された。だからめでたい作品が多い。また、正月は「新春」「賀春」というように、旧暦では春の始まりの日だった。
 こんな作品を、新春、正月に江戸の人々は楽しんでいた。

 


物語の最後に狂歌のことが出ているが(十六場面)、狂歌についてはこちら、

また京伝は、浮世絵師北尾政演きたおまさのぶとして、狂歌絵本「古今狂歌袋こきんきょうかぶくろ」(1787刊)で各狂歌作家の似顔絵を描いている。

 

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